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中国名言と株式紀行(小林 章)
第133回 中国・天津より/中国株日記 (66)
【NO.69】中国、天津より(7)
中国訪問記の続きです。
私は、3月1日から10日まで北京と天津に滞在しました。
天津での目的とその結果は、前回までに報告しました。
今回は、二つ目の中国・北京訪問の目的の方の報告となります。
が、しかし、帰国してからの中国政界の動向で、14日に党総書記の習近平氏が予定通り国家主席に選出・就任した他にサプライズ人事が発表されました。それが、昨年末の政治局常務委員入りは逸したものの汪洋(57歳)氏と共に次代の若手ホープと目されていた共青団出身で、海外遊学経験もあり法学博士号を持つ現在党主要人事を握る中央組織部長の李源潮(62歳)氏の国家副主席就任の人事です。父親が上海市の副市長クラスを経験し太子党とも見られますが、むしろ共青団からの政治活動の実績が彼のキャリアの源泉となっています。
現在、李源潮氏はチャイナ7の中共中央政治局常務委員にも選出されていない、ポスト肩書きは一段落ちる政治局委員の立場です。
国家副主席を政治局常務委員以外の政治局委員が担う形になるのは異例(赤い資本家といわれた故栄毅仁氏以来)のこととなります。国家副主席というのは、単なる名誉職ではなく、国務院副総理のポストよりもランクが上となるのです。
これで、15日に共青団出身の李克強氏が正式に首相に選出されれば「国家主席、国務院総理、国家副主席」という主要3ポストが「習近平、李克強、李源潮」によって占められ「一習両李」体制が敷かれることになります。
李源潮氏は流暢な英語を操り、内政に傾きがちな習総書記・李総理を補佐して、重要な外交的な政策手腕が期待されます。
そして、5年後には18名いる政治局委員のなかから、李源潮、汪洋のほかに習近平体制の次の10年後の党総書記・国家主席と目される胡春華(49歳)や次の国務院総理として温家宝氏が育ててきた孫政才(49歳)などが政治局常務委員に入ることになっていくものと思われます。
このところの中国政界のなかでは、共青団(中国共産主義青年団)出身の政治家(団派)の台頭に目覚ましいものがあります。太子党(2世政治家)出身の代表と目される習近平氏らと異なり、団派の政治家は著名な党幹部や政治家の出自を持たない叩き上げの地方出身者が中心であり、高学歴で能力評価、実務経験評価に優れた人材が地方の下部組織から這い上がり、組織のトップ層からの推薦を得て、中央の政治家にその能力を認められて、徐々に上級組織の幹部として頭角を現してくる仕組みとなっています。したがって、太子党出身者と異なり、最初から著名な省市の党幹部の道は開かれておらず、チベットや内モンゴル、青海省などの辺地・辺境地域の主要ポストに就いてから実績を積み、著名な省市の省長や党委書記を経て中央政界にポストを得ることとなります。
こうした政治家の育成モデルが、中国の政治・経済を担い、変革の主導をしていくこととなるのです。
もう一つ、あまり話題に上りませんが、今回の「両会」開催での最大のサプライズは、実は胡錦涛・温家宝両氏の政界完全引退です。前任の江沢民氏は党総書記・国家主席を胡錦涛氏に譲った後も軍事委員会主席に2年間止まり続け、完全引退後も党の重要人事に口出しし続けました。前々任首相の李鵬氏も影響力を行使し続けているといわれています。
胡錦涛氏は、就任当初から長老の影響力行使に苦しみ、就任後5年間は自らの政策の独自色を発揮することができませんでした。
今回そうした長老の院政的な影響力を完全に断ち切る決意を身を以て体現したことになります。以後、自ら前例を示すことで、国家の重要首脳陣の退陣後の影響力をほぼ完全に排除することに成功しました。それは、自らの出身母体である団派の有能人材を党と軍の要所に配することができたこと、さらに5年後の全人代では、自らの制定した年齢制限で江沢民氏に近い人脈の一掃を集団指導体制でのチャイナ7(政治局常務委員)で実現できることです。
こうした意味では、胡錦涛氏は時間をかけて賢明な政治体制改革を着実に実行してきたことになります。それだけに、粘り強くすすめられてきた胡錦涛氏の政治改革の狙いは、あと5年で果たされることになります。
蛇足ですが、胡錦涛氏は今回の完全引退で、師と仰ぎ、同志とも感じてきたであろう故胡耀邦氏への恩義に報いることができたのでしょうか。引退後は、故胡耀邦氏の党内での完全名誉回復が果たされるのではないか、と私は思っています。
中国の政治体制は、確実に旧態とは異なる変化が見られますね。
北京では2組の友人達と会うこことができ、懐かしい人達と旧交を温めることができました。
1人目の友人は、長江集団のバイオ関連企業「長江生命科技」の主席研究者が北京で起業した農業関連企業の幹部を務めるZさんです。
この企業は有機農業の分野で傑出した大規模農業に取り組む集団です。すでに全国各地で大規模生産基地(圃場)を展開しており、その状況等の話が聞けました。やはり、三農政策との関連で政府の保護や補助金が付き、中国での大規模農業分野には大きな発展の可能性が潜んでいるようです。
有機農産・畜産品の需要や流通に絡んで大手コンシューマー・チェーン店絡みの商売に確実なチャンスがありそうで、何か私にでも参加できそうな投資の個別案件があれば、紹介を受けることにしました。
また、2人目の友人はT氏で、北京で著名な30店舗のレストランを運営する企業の総経理(社長)と自ら経営の5店のメン料理レストランを北京(3店)と天津(2店)での展開を兼務で行っています。
T氏の自ら展開する「東福龍」というお店は、創設2年目ですが、十分に準備を進めて今後大手投資企業と組んで急拡大を目指しています。今回、同行していた「東福龍」の旧知の総経理からも親しく話を聞くことができました。都市部での消費の動向は強いものがあり、店舗展開に期待感が高いものがあるようです。
こちらの「東福龍」には、私も人材・管理面や運営改善面で知恵を貸して関わっていくことにしました。最初は、手弁当での貢献となりますが、総経理の1-2年内での100店から200店の展開を目指すとの力強い言葉に希望を感じます。私もお手伝いできることに嬉しさがあります。
中国では、国内の消費需要が本格的に盛り上がるのはこれからというところです。
外資等の投資ブームが一段落して、世界の工場はどうなっていくのか。関心は尽きません。すでに集約型の幼稚産業は立地を移動しつつあります。日本では中国から工場が次々に逃げ出しているような報道がありますが、まったく現実は異なります。事実を見ずして、嫌中感でものを見てはならないと思います。
私も車で天津から北京へ連なる工場ベルト地帯を数百キロに渡って移動しながら、日米欧の名だたる著名企業の大規模工場が切れ間無く造成され、無数の工場から吐き出される工員達や夥しいほどの原料や製品を運搬する大型トラック群など、実際に目の当たりにしたことのある人にしか味わい得ないほどの大変化をこの中国はいかに経験しようとしているのか、計り知れないほどの現実が視野一杯に迫ってきました。ここで現実に起こっていることは、かつて見たことのある風景とは規模が違いすぎます。途方もないことが、途方もない規模で展開されているのです。
天津の塘沽地区・天津経済技術開発区に続く漢沽、大港の3地区を合わせた濱海新区の開発なども圧巻の規模を誇ります。
そのことを、あらためて感じてきました。
工員の賃金も上がってきています。沿海部都市生活者だけでなく、地方での生活者の可処分所得が賃金の上昇と共に上がっていきます。
中国での消費関連のビジネスにおけるチャンスは、これまでよりもこれからの方が確実に多くなります。生産よりも消費に的を絞ったビジネスチャンスの方が隙間が多くあります。
いま、新首相となる李克強氏が強力に推進しようとしているのが、新型の「地方の都市化(特色城鎮化)」政策です。「両会」開催前後から連日中央テレビでも話題や議論が盛んになされています。
この政策の主眼は、都市と農村、および都市部と地方の経済をはじめとする様々な格差を是正することですが、この問題の根本解決には都市戸籍と農村戸籍の中国の二元構造社会問題と土地管理制度(土地の公有制)とが絡んできますので、そう簡単には解決には至らないものと思われます。もちろん解決には時間もかかります。
そこで、沿海都市部に対して立ち後れる約8億人の人口を抱える内陸農村部の都市化インフラや地方都市(郷鎮)の集積化を促進して「城鎮」として整備していくことで、そこに人口を集積し、一方既存の農業を基盤とする産業の近代化を支援し、人口集積による工業化や第三次産業など新たな各種産業を興し、経済の活性化に繋げようという考え方に基づいています。
中国には、4つの直轄市を除いて、基本的に省の下に市、県、鎮、郷といった行政単位があり、その下にさらに村があるというふうな形です。城鎮化とは、平たく言えば、鎮や郷の都市化を進めることで農民(農村戸籍者)の都市民化・人口集積化をすすめようというものです。その城鎮化の、前にさらに「新型(特色)」と付くのは、新しい試みの人工的な都市化である点です。李副首相は昨年9月に城鎮化について「単なる都市の人口と面積の拡張ではなく、産業、居住環境、社会保障、生活スタイルを含めて農村を都市に転換すること」と強調しています。果たして、どんな新しい都市が内陸部の郷鎮に誕生することになるのでしょうか。
すでに辺境の省市では交通の不便な僻村の住民の移転集約化の実験が現実に行われており、何もなかった農村地域に大規模な団地が建設され複数の村民の大型バスでの集団移転が報じられていました。地方政府の援助で新造団地には家具や家電も備えられており、その規模はかつての山峡ダムによって沈む住民の大規模移転の規模を優に超えるものだそうです。
こうした僻村の人口集積化とインフラ等整備に伴う城鎮化は、これから西部地区各地で大規模に始まっていくのでしょうが、各地で農業耕作地の放棄・減少や農業人口の減少をもたらす面がありますので、新たな問題も抱え込むこととなります。
また、今問題となっている都市周辺に居住する農民工(約2.5億人以上いると言われる)の問題をどう解決していくのかも大きな課題です。中国の民政部分の大きな社会的不安定要素を抱えている彼ら(群体)の処遇ですが、果たして穏便に農村地区に戻すことができるのか、それとも都市住民としての戸籍改訂に漕ぎ着けるのか、政策的選択が迫られています。
しかし、新型(特色)城鎮化の具体的な計画では、この10年で農村の都市化に投じられる予算は約40兆元と超大型で、全国20都市、地方180都市および1万鎮の都市化建設に振り向けられるという目標が示されたことで、にわかに注目度が高まっているのです。
この新型(特色)城鎮化の帰趨については、少し時間をかけてクールな目で見る必要があるでしょう。しかし、この注目の大プロジェクトが、実験としてでも何でも、すでに実行に移されつつあるということは事実です。
これが日本であったならば、これ程のプロジェクトであれば、議論百出、結論は延々まとまらず、先延ばしの末、仮に専門家といわれる人達の衆議が決しても、実行はまだまだ先の先となってしまいがちです。これが中国の今の勢いというか、不思議で痛快なところです。やると決めたら断固やる、下手な手順は省く。それも地方政府が競ってやってしまうところに「騎虎の勢い」とでもいうことを感じてしまいます。ただし、乗ったら最後、簡単には降りられないというリスクも引き受けることになりますが。
今後中国が内需主導の経済体制に大きく舵を切っていくためにも、農村部の所得中間層(ボリュームゾーン)の育成は欠かすことができません。内陸農村部の農民の都市民化により、発展著しい沿海都市部の住民との60項目以上の格差が現存すると言われる、こうした差別待遇を早期に解消・解除し、同じ社会・経済的基盤や条件を国政が準備してやることで、個々人の努力が報いられ、機会均等や公平な分配が進むのではないかとの期待感があります。こうした民意の変化(習近平国家主席の語る「中国の夢」実現)が、次代の中国の安定的成長を牽引していきます。
私の中国滞在中に見たCCTVでの「両会」開催に照準を合わせた世論調査結果でも、一般庶民の中国社会への要望の第1位は40%超と断トツで「権利や機会、規則の公平」というものでした。
2013.03.15
2013/08/15