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中国名言と株式紀行(小林 章)

第111回 中国・天津から/中国株日記 (54)

【NO.55】中国、天津から(18)
温州企業で考えたことの続きです。

温州モデルである「小商品、大市場」や「優れた脇役」戦略、集団で行われる経済活動については、さきに触れました。今回は、温州経済の強さの、少し別の面についても触れていきます。

「儲けが少ないことを厭いはしないが、儲けが出ないことは決してしない」
これが温州人の重要なポリシーです。
たとえば、一つの典型的な事例が、温州のボタン業者です。
ボタン製造では、作ったボタンは麻袋1袋に50万個が入るが、その利益は僅かに1千元(約1万2千円)でしかないといいます。ボタン一つで0.1分(1元=100分)しか稼げない。だから、この業種にわざわざ参入してくる人もいないわけです。
しかし、2004年上半期の生産額は、5億元(60億円)以上に達したと言います。
また、つま楊枝でも、ストローでも、使い捨てライターの分野でも同様に天下を取ってきました。一つひとつの利益は少ない低価格の商品分野で、消費者のニーズを探り当て大きな市場を作り出し、他業者の参入を許さず、結果的に大きな収益を産み出す。小商品で、ビッグビジネスをするという発想です。

そうやって、儲けが少ないことも厭(いと)わず、邁進する姿に執念すらも覚えますが、かたや、損することには決して近づこうとしないのも温州人です。小利益と損との間の径庭を僅(わず)かと見るか、千里の隔たり、生死を分かつと見るかで、大きな違いが認められます。
温州人は僅かの小利益の世界に価値を認め、情熱を燃やすのです。それは、多くの人が参入を躊躇(ためら)う分野だからです。ゆえにチャンス有りと見るわけです。

低圧電力機器CHNTの正泰電器(601877、上海市場に上場)や電気変圧器DELIXIなどの徳力西電気、天正集団、万家集団、ライターの威力や日豊、フローリング床材の安信地板、飲料の百済林、革靴・服飾(子供服)の赤蜻蛉集団、シューズの奥康国際(603001、上海市場に上場)、革靴Jedの吉尔達、蜘蛛王集团、飛駝、統邦TOBE、東芸、森達集団、HARSON哈森、服飾の富貴鳥集团、スーツの庄吉、婦人服の雪歌、カジュアル・アパレルの報喜鳥(002154、深圳市場中小板に上場)、法蘭詩頓、美特斯邦威(002269、深圳市場中小板に上場)、法派などなどの企業群は、温州発の全国区の企業です。
また、温州企業との関連でいえば、浙江省義烏には、温州商品等を大きく扱う小商品城(巨大商業モール)の運営を行う中国小商品城集団なる優良上場(600415、上海市場に上場)企業が存在します。

日本でもバブル中の一時期、本業以外に、経営の多角化や株投資などの財テクがブームになったことがありました。
温州商人は、脇役として、すごく地味ではあるが、需要の確実な小物消費財の分野に特化して稼ぎ、チャンスを見つければ躊躇することなく、その資金を更に儲かる分野へ再投資して自らの資産を増やします。
労多くして稼いだお金も、ブロックを1つずつ積み重ねるように稼いでみれば、広壮な城楼に比すほどの資産にもなりますが、温州人はひとときの休みも厭わず働きづめたように、同様にお金にも休息を与えません。常に機会を窺い、利益の取れる隙間を見つけ出します。
つまり、小さい利益も取れば、大きい利益も取る、という稼ぎ方をします。
相応のお金を手にしてみると、理財への視野そのものも、その財産規模と金額に応じて広がっていくものです。

そして、彼らはそれで終わりではありません。蓄財された資金は、一時も休ませることなく、良く知る信頼のおける企業家への短期的融資に使われたり、新規の有望分野への挑戦資金の提供に回わされます。こうして、自ら「富める者が先に富み」、次は新しい企業家のチャンスを支える立場にも転向していくのです。

温州で成功した人の仕事は、良き事業者のアドバイザーであり、時には事業に不足する資金面の提供者となっています。良き目利きとはどういう人かといえば、武術の世界でも心得のある人でなければ、相手の本当の実力を見抜くことができないように、その道の先達であり、酸いも甘いも知る人物だといえるでしょう。
すなわち、温州という土地は、全域が資本のネットワークとなり、集団的資本の役割もはたしています。こうした温州における「社会資本」としての伝統が、起業の意志があり、リスクを恐れない温州人には、起業時の資金集めに悩まされることなく、一部の自己資金と出資者からの借金によって起業できるのです。その人に信用があって、その事業に投資する価値があれば、必ず温州では出資者が見つかると言われています。

こうした伝統的な経済活動を、温州人は自ら「森林経済」と呼ぶそうです。
「深い森林は、巨大な樹木だけでなく、灌木や草、さまざまな植物によって形成されていて、それらが互いに影響することで、森林全体が活力にあふれる」
そうした森林の生態の豊かさが育まれなければ、温州経済モデルも成立できなかったはずです。
温州人のなかに、先程まで「木を見て森を見ず」のような小商品・小商売の傾向ばかりに目を奪われていたものにとっては、森林を育てるような豊かな発想がその根底にあったことに、改めて驚かされます。

昨今、欧州経済の不振のなか、温州経済も大きな打撃を受けているとの報道がなされてきました。
温家宝首相は今年3月、温州視察に出かけ、その場で温州救済策として「金融総合改革試験区」設置を承認し、金融透明化と利便性向上を後押しすることを約束しました。
中国政府のテコ入れもある程度必要とする時期には来ているかも知れませんが、しかし、温州経済モデルは、民間企業の自立的な経済活動によって、本来築かれた経済モデルですし、温州人の結束して事に当たる精神は少しも衰えていない筈です。

こうした危機の時にこそ、呆然と時を浪費せず、逆にチャンスと捉え直して、小から出発した過去の経験を振り返り、過去に何度もの苦境に陥った経験をものともせずはね除けてきた自信をもとに、知恵を絞って事業の方向性を修正し、新たな市場の隙間を探しながら、すでに活発に活動を始めているのが温州人の特質でもあるのですから。

2012.08.12

 

注)この記事は、過去のものからの再録の形で転載させていただいております。時事的に古い話題が取り上げられていますが、内容的には時間の風雪にも耐えられるものと思い、取り上げさせていただいております 。

2013/06/07