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中国名言と株式紀行(小林 章)
第109回 中国・天津から/中国株日記 (53)
【NO.54】中国、天津から(17)
『商機を見いだす「鬼」になれ--中国最強の商人・温州人のビジネス哲学』(阪急コミュニケーションズ)という本を、大変面白く読みました。
今話題の「温州商人」を論じた、数少ない本格的な書籍で、興味のある方には是非お薦めです。
過去に、山西省の中小炭坑への投資や上海や北京での高級不動産への投機、スペインなどでの靴の焼き討ち事件、地下銀行など何かと話題の多かったのが温州商人です。
また、このところの欧州経済の危機で、一番大きな打撃を被ったが、中国では温州経済だといわれており、温州市の60%の商店や企業が財務的危機に陥っているという噂もあります。
こうした話題の温州商人ですが、利に聡い「東洋のユダヤ人」とも揶揄されます。また、温州人の頭なかには「鬼が住む」と言われるほど、頭が切れるともいわれています。
しかし、その実態は意外に知られていません。
この本を読みながら、思い出しましたが、邱永漢に『ダメな時代のお金の助け方』という、少し変わったタイトルの著作があり、そのなかに「宝の山には虎も住んでいる」という文章があります。
少し長くなりますが「宝の山は必ずどこかにある。しかし、そこには虎が住んでいる。さて、行くべきか。行かざるべきか。虎のことばかり頭にある人は『君子危うきに近寄らず』と考えるし、宝の山に目がくらんでいる人は、虎が住んでいることをつい忘れる。どちらも正しいやり方ではない。虎に食われないですむ方法を考えてから、宝の山に近づく。うまく虎を避けて宝の山に近づける人は十人に一人かも知れない。百人か千人に一人かも知れない。それでも必ずそういう人は現れるもので、宝の山はそれを探しあてる人を待っているのである」とあります。
「宝の山には虎が住んでいる」ことを温州人も良く知っているのです。
しかし、また、それ以上に「宝の山」自体に目がくらんでいるのも、温州商人です。
温州人は集団で商売をします。一時分散してそれぞれに商売に取り組んでいても、一旦投資機会を見つけると、一致団結して動き出し、目覚ましい力を発揮しだします。
彼らは相手が同郷の人と分かれば、方言(お互いの言葉)で熱心に話し合い、互いの距離を縮めて行き、話が進めば当然「一緒に仕事をしよう」ということにもなります。
温州人は「独り占め」を嫌い、親戚や友達をそこに呼び集めます。と同時に、親しい人から融資を受けたり、同郷人に助けられたりしながら、狼の群れとなって新天地を切り開いていくのです。
たとえ、途中で、虎に遭遇したとしても、この狼の群れに会えば、いくら屈強な虎でも敬遠するはずです。そうやって「宝の山」に近づいていくのが、温州人のやり方なのです。
本の「前言」の終わりに、次のようにありますが、大変印象的な言葉でした。
「温州人は一人ひとりが素朴な経済学者である。
彼らは大言壮語もしなければ、複雑な経済理論も知りはしない。
彼らはジャック・トラウトの『ポジショニング戦略』を知りはしないが、たとえば雑貨などの小さな商品に特化して他と差別化を図るなど、商売の至る所でポジショニングを実行している。また『ブルー・オーシャン戦略』を読んだことはないだろうが『差異あるところ、マーケットあり』という信念をもち続けている。
温州人は自ら本物の企業精神、経営手段、金銭感覚で素朴な経済学の原理を貫き、ビジネス史における神話をひとつまたひとつと、つくり出しているのだ」
「温州経済は、中国で唯一、外国企業や政府の優遇政策に頼らず単独で発展してきた」のだと言います。これを最近「温州モデル」ないしは「温州発展モデル」と呼びます。
民間の個人事業者が、家族経営を土台として、家内制手工業と聯戸(個人事業者の連携・連帯)を柱に、おもに日用雑貨を直接市場に販売し、全体を底上げすることよりも「富める者が先に富む」という自由競争の考え方に基づいて行動しているのです。
温州企業は、あくまでも「優れた脇役」に徹します。小商品、小消費財の分野で、高いシェアを取りに行きます。ペンや傘やライターなどのノベルティ製品、ボタン、プラスチック加工品、ひげ剃り、靴、アパレル、筆やボールペンなどの文化用品、サングラス、鍵、金物、小工芸品、日用雑貨、小型の家庭用電化品、スポーツ用品、旅行用物、食品関連小物、食料や飲料やタバコなどの印刷包装などなど、人々が生活の中で最も必要とする製品を作ります。
「芝居に主役は一人しかいないが、脇役は大勢いる」という事実に注目してみて下さい。
経済のグローバル化のなかで、多国籍企業が幅を利かせる時代になっています。こうしたガリバー企業の出現した時代には、逆に優良な脇役企業にもチャンスが回ってきたということでもあります。温州にあるメーカーの大半は「脇役」ですが、生産した製品の多くは大手家電などのメーカーや大手アパレル、外資系貿易企業などの扱う製品の一部になります。
日本の中小零細企業や街の技術工場も、自らの長所と優位性にもう一度目を凝らしてみたらどうでしょうか。
日本の産業専門家は、下請けや孫請けに徹するのではなく、自立化すること、独自商品の開発にシフトするべき、とアドバイスする人が多いようです。オリジナル商品のメーカーとなることを盛んに進めていますが、零細企業にとっては、これまでの技術蓄積の応用問題を解くようなものですが、大変な困難が伴います。
そもそも、このグローバル化の時代に、仮に有望商品の開発がうまくいったとして、大手企業や多国籍企業に伍して勝ち続けるには、資本も人材も情報も販売チャンネルにも限界が見えます。上手く大企業の隙間に、首尾良く自活の道を見つけられたとしたら、その企業は幸いです。しかし、その次を目指す企業の可能性は、ぐっと低くなります。そんな有望な隙間自体が、そもそも狭く、辛うじて1社は潜り込めても、2社目の滑り込む隙間は既に一杯で、無いということになってしまいます。
日本の中小零細企業業は、温州企業のようにグローバル化のメリットをうまく生かし切れていません。「機を見るに敏」とはいかず、長年下請け、孫請けといった立場に安住し、高い技術や丁寧な仕事術は磨いてきましたが、親会社の意向や情報しか知り得なかったのです。それでは、親会社の値下げ要請に晒されるばかりで、磨いた技術は親会社の斜陽化と共に廃れていくばかりになってしまっているのです。
中小零細企業は、自らの情報発信や受信アンテナの方向が全方位的に向いていなかったのです。それにグローバル企業と中小零細企業の間をつなぐ、信頼の置ける仲介者を欠いていました。能ある鷹は爪を隠したままであった、といえるでしょう。
今こそ、飛行機で1時間ちょっとの隣国の温州企業に学ぶべきでしょう。今からでも遅くはありません。
2012.08.10
注)この記事は、過去のものからの再録の形で転載させていただいております。時事的に古い話題が取り上げられていますが、内容的には時間の風雪にも耐えられるものと思い、取り上げさせていただいております 。
2013/06/03