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中国名言と株式紀行(小林 章)
第94回 四000年を学ぶ中国名言/「現在中国の7卿」
『河の清むを俟たば、人寿幾何ぞ(俟河之清、人寿幾何)』
出典【『左伝』襄公八年】
[要旨]いくら待(俟)ってもしかたのないこと。また、あてにならないことをいつまでも待つことのたとえ。
出典の『左伝』とは「鼎の大小軽重を問う」の所でも出ていますが、孔子の編纂と伝えられる歴史書『春秋』の三伝中の代表的な基本注釈書の1つ『春秋左氏伝』のことで、魯の左丘明の作といわれています。
中国では黄河のことを「河」、揚子江のことを「江」といい、黄土高原の黄土砂で濁った、黄河の流れは百年たっても清らかに澄むことはない、その間には人命も尽きてしまう、という意味です。
原文には[子駟曰、周詩有之、曰、俟河之清、人壽幾何。兆云詢多、職競作羅。]とあります。
子駟(しし)とは、春秋時代の鄭の国の宰相で、繆公の子(~B.C.563年 )です。鄭は元々小国で、大国の楚や晋に度々攻め入られる危うい立場にありました。
B.C.565年冬、楚が鄭に攻め込み、6人の公子(六卿)で楚につくか、晋の援軍を頼むか意見が割れます。この時、その六卿の一人で、楚につくことを主張する子駟が鄭王・簡公に上奏したのが上記の言葉になります。
周の詩に[黄河の濁った水が澄むのを待っていたら、人の寿命が幾らあってもとてもたりない。占いでも伺うことが多すぎると、ごたごたとあれもこれも出て来てしまって、網にかかったように身動きが取れなくなってしまう]とある通りで、問題に対策を立てる人が多く、考えに違いが多ければ、いよいよ事は決定しにくくなります。今や人民は危急にさらされています。しばらくは楚に従っておいて人民の負担をゆるめましょう。晋の援軍が着たら、その時は晋に着けばよいのです。謹んで贈り物を用意して攻めてくる者を待ち受けるのが、小国の取るべき道です。いけにえや玉帛を準備して楚と晋の両方の国境で待って、強い方について人民を守りましょう。攻めてくる者が人民を害せず、人民が苦しまないというなら、何と結構なことではありませんか。もしうまくいかなかったら、この私が責任を取りましょう」と。この子駟の言葉により簡公は楚につくことにします。
当時の楚の政治は、6人の公子によって合議で決せられていたようです。従って、6人の票が3票づつだと賛否同数で決することが叶わなくなります。そこで、この混乱を収める発言をしたのが実力者の子駟でした。
現在中国の党の最高決定機関は政治局常務委員の決議ですが、常務委員の数は奇数と決まっています。賛否同数で票決が決しないことを避けるためです。現在、常務委員数は7、チャイナ7とも呼ばれます。昨年末の新党総書記就任と習近平体制発足を決めた第18回党大会までは、常務委員の席は9ありました。そもそも議席が9に決まったのは、2002年の第16回党大会で胡錦濤体制が決議された時でした。前任の江沢民氏が自らの勢力を維持するために強引に7人から9人に自派の勢力を2人増員させた結果でした。その2つのイスとは「中共中央政法委員会書記」と「中共中央精神文明建設指導委員会主任」のポストのことですが、前任(政法委員会書記)の江沢民派の周永康氏が治安維持費の名目で軍事費を上回るほどの国家予算を握り、本来なら指揮外の武装警察までも思うままに動かすほど権限を増大させていたと言われていました。むろん背後には江氏が居たわけです。
前総書記の胡錦涛氏は、薄熙来事件との絡みも利用して政法委員会書記の格下げと精神文明建設指導委員会主任の常務委員職の兼務によって、周到に9のイスを7つに戻すことに成功しています。
そして、チャイナ7の政治局常務委員のポストは5年後の党大会には習近平と李克強以外はすべて「定年引退」となり、5つのイスが空くことになります。その時に、初めて完全に江沢民派の勢力と影響力が消滅することになります。
思えば、習近平国家主席の前任者の胡錦涛氏は党の最高実力者・鄧小平氏の後継指名で江沢民氏の後継者に選ばれた立場でした。鄧氏の後ろ盾があるとはいいながら、党での基盤が弱く、軍への影響力も殆どありませんでした。しかも、江沢民氏は党のすべての役職を胡錦涛氏に譲っても、軍事委員会主席のポストは2年間手放しませんでした。胡氏がどれほど江沢民氏の院政体制に苦しめられ、独自色を打ち出すことが出来なかったかは、胡錦涛氏の施政の最初の5年間を見れば明らかです。唯一、江沢民時代の実力総理といわれた朱鎔基氏は首相退任後は完全引退をしています。
その朱鎔基氏のかつての発言の「虎退治後、狼退治」が最近、党総書記就任直後の習近平氏によって取り上げられていました。最近盛り上がる党内の反汚職・腐敗防止キャンペーンの一環ですが、朱氏の発言は「腐敗退治はまずトラを退治して、次に狼を退治する。虎に対しては絶対に姑息な手段を使ってはいけない。棺桶を100個準備する。私にも1つだ。私は彼らを道連れに国家に長期的な安定発展と、庶民のわれわれの事業に対する信頼を獲得するのだ」でした。党員の汚職に対する厳しい姿勢を強調したものですが、1995年の陳希同氏が汚職容疑で北京市党委書記を解任された際のコメントでした。
この3月の両会(全国政治協商会議と全人代、日本の国会にあたる模擬政治イベント)では、胡錦涛・温家宝両氏は晴れやかな完全引退を果たしました。私は個人的には今後の去就にも注目していますが、この両会に関連して2点の人事的注目点を指摘しておきたいと思います。
新発足した習近平・李克強体制ですが、習国家主席の序列がナンバー1は当然として、国務院総理である李克強氏の党内序列がナンバー2に格上げされたことで、李氏の総理としての手腕が益々強力・強固になった点です。前任の温家宝氏の党内序列はナンバー3でした。中国の最高国家行政機関である国務院ですが、これまでは共産党の組織の力が絶対的に強く、国務院の役職は党内序列の格付けでは高くありませんでした。今回、李克強氏が党内序列のナンバー2に格上げされたことで、国務院の行政機関としての役割が党機関よりも相対的に強化されることになるのではないかと思われます。役割的には党が指導し、国務院が執行するという立場は変わりませんが、中国の国際的地位の向上に伴って、中国が自ら担わなければならない国際的な政策協調や責任のあり方も高まっていきます。過去に繰り返してきた「途上国の立場」は通用しなくなっています。内向きの党の維持に重点を置く党機関のあり方よりも、逆に対内外的な実務を取り仕切る国務院(政府)が前面に立つ方が有利です。今後は党務と行政機関の役割は徐々に切り離されて、国務院(政府)の地位と役割が重視されてくるのではないでしょうか。私見ですが。
2点目は、国家副主席への李源潮氏の起用です。現在、李源潮氏はチャイナ7の政治局常務委員のポストについていない、一段下の政治局委員の立場からの起用と異例の人事でした。3月14日の全人代では、李源潮氏に対する国家副主席を承認する投票結果は「賛成2829票、反対80票、棄権37票」と、会場では軽いどよめきが起きるほどに反対票が多かったようです。習近平氏の国家主席への就任承認の票決は2956票中「賛成2952票、反対1票、棄権3票」で、単純に比較すると、李源潮氏への不人気振りが伺えますが、それにはちゃんと理由があります。
全人代での投票での不人気といえば、2003年3月の全人代で胡錦涛氏が国家主席に選ばれた時の、江沢民氏の「国家軍事委員会主席」就任の投票結果以来です。その時の江沢民氏に対する反対票は98票、棄権票は122票もありました。賛成したのは、わずかに92.5%という史上最低の低支持率でした。これは、明らかに江沢民氏への不人気の結果でした。
しかし、今回の李源潮氏の国家副主席への就任に対する投票結果には、別の理由があります。李源潮氏のこれまでの役職は党中央書記処書記を経て、党の重要人事(副省級以上の人事について承認をあたえる)を握る党中央組織部長です。李源潮氏は胡錦涛、李克強両氏と同じ共青団出身で、江沢民氏の基盤となっている上海閥や利権集団の動向に睨みを利かしてきたと言われています。いわば、既得権益を振りかざす利権集団は李源潮氏の国家副主席への就任を嫌い、その結果が反対投票数にも如実に表れた、と言われています。
47「現在中国の7卿」
注)この名言は、邱永漢監修『四000年を学ぶ中国名言読本』(講談社)より抜粋させていただいております。
2013/05/04