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中国名言と株式紀行(小林 章)
第92回 四000年を学ぶ中国名言/「暗号危殆化を問ふ」
『彼を知り己を知れば、百戦殆うからず(知彼知己者、百戦不殆)』
出典【『孫子』謀攻篇】
[要旨]敵の力を知り、自軍の力を知っていれば、戦っても敗れることはない。
原典では「百戦殆(あや)うからず」だが、「百戦危うからず」と書いても誤りではありません。「殆」には「危殆(きたい)」という用法があり「危殆に瀕する」(非常に あぶない状態になる。大きな危機にさらされる)などという風に使用されます。意味は「あやういこと。非常にあぶないこと。また、 そのさま。危険」ということで「危」とほぼ同意です。
また「彼」とは「敵、相手」のことで「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」と書いても誤りではないとされています。
最近「危殆化(Compromise)」という言葉を聞くことがあります。専門分野に特化した用法となっているようです。いろいろ探ってみると、どうやらコンピュータのセキュリティに関する用語らしく「機密を要する情報の不法な開示または管理の喪失を招きかねない、セキュリティポリシーの違反(または違反の疑いがある行為)」などと解説されています。
別の用語集を開くと「暗号アルゴリズムの危殆化(きたいか)とは、計算機能力の向上や、暗号解読手法の進歩にともなって、暗号アルゴリズムの安全性が次第に低下していくこと」と記されています。
また、暗号危殆化対策なることばが踊っています。
比較的分かりやすい文章の一例を引きますと、
「広く世界中に普及したインターネット通信において、情報を安全に扱うために、暗号はなくてはならない技術の1つとなっています。
一方、暗号アルゴリズムの安全性は、計算機能力の向上や、暗号解読手法の進歩にともなって、次第に低下していきます。これを暗号アルゴリズムの危殆化(きたいか)と呼びます。危殆化した暗号アルゴリズムは、より安全な新しい暗号アルゴリズムに取って代わられ、世代交代が繰り返されます。
暗号アルゴリズムの危殆化に対して、適切な対策を行うことは、お客様に安心してインターネットサービスをご利用いただくための重要な課題となっています」
鈍感な私にもどうやら、少し意味が飲み込めてきました。
勘ぐれば、単純に「危険化」と言ってしまえば良いところを、わざわざ難しく「危殆化」と言ってしまいたいところに、ひとつのミソがあります。
ひとの技術の進歩は、とどまることはないようですが、どんなに技術の粋を集めて組み立てられた安全なカギも、いずれは破られ、陳腐化していくということを言っているのでしょう。なるほど、実に単純明快。いわば鍵師とその鍵を解く泥棒との知恵比べが延々と我々の感知し得ないところで繰り返され、我々の財産の安全は常に危険にさらされており、その対処策のために我々は錠前屋にコストを払い続けなければならないというわけです。良くできたストーリーです。
迷ったり熟考の余地など殆どありません。
この「危殆化」の問題には、先ず(1)我々の見えないところで延々と戦いが繰り広げられていることと、次に(2)容易には我々には手に負えない、ということと、さらに(3)高いコストがすでに発生している、ということがポイントとなることです。
我々の危殆化対策とは、つまりは高コストを分担して負担しなければ、百戦して百敗することが運命付けられているということです。
「敵」となる相手は、目にしたことはありませんが、強固にして高度な知能の粋を競うほどの知恵者です。かたや「己」たる我々凡百の民は徒手空拳、勝ち目などどこにも見当たりません。せめて、相手が我々に歩み寄ってきてくれることが望まれます。たとえば、事前の交渉にあたって多少負けて(値引きに応じて)呉れるとか、以後は一切の費用のご負担は頂きませんとか、明朗完全ポッキリ前金制とか、のことです。
考えてみると、現代において『孫子』の兵法ほどやっかいな代物はございません。かの名高いナポレオンまでもが座右の銘として戦場で持ち歩いたと言われるほどの名著・名本です。多少の悪口でさえ憚られます。
が、その権威とは裏腹に、紐解けばひもとくほど、現代戦に於いて歯の立つ兵法でないことが、歯がゆく気の毒でならないわけです。かつては経済界にも、その信奉者が連なり、栄華を極めたかに見えましたが、栄枯盛衰、兵敗れて山河あり、川の流れは絶えずしてかつ結びかつ消え、どことはなく寂しきかな冬のいほ、などなどつらつらとへつらえども、いかんともしかたく、ことふどさよふには、くちはつるつるへの、いにしへのでんぶと、もたりへたりしもの、きはいずものねへ・・・
私の方の暗号化の実験は、まるで寝言のようになってしまいました。
46「暗号危殆化を問ふ」
注)この名言は、邱永漢監修『四000年を学ぶ中国名言読本』(講談社)より抜粋させていただいております。
2013/04/30