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中国名言と株式紀行(小林 章)

第58回 四000年を学ぶ中国名言/「私の可愛い小鳥達を小人と呼ばないで」

『燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや(燕雀安知鴻鵠之志哉)』
                                   出典【『史記』陳渉世家】
[要旨]小人には大人物の志の大きさはわからないこと。
秦帝国に最初に反乱を企てた陳勝(字は渉)とは、一介の農民であった。彼は九百人の農民の屯長として、北方の守備隊として徴用され河南から北京近郊の漁陽へ向かうが、途中大沢郷(安徽省宿州市)で大雨に遭い道路が寸断され、足止めをくらう。厳罰主義の徹底されていた秦では、指定日までに任地に着かないと全員斬首の死刑とされていたので、同じ屯長の呉広と相談する。漁陽に行っても逃亡を企てても共に死罪、どうせ死ぬなら、ここで反乱を起こして秦を打ち倒すべしと、発起する。こうして窮乏する他の農民にも「王侯将相、いずくんぞ種あらんや(王侯将相の地位も、生まれながらの血筋で決まっているわけではない)」と呼びかけて農民反乱軍が旗揚げする。陳勝らの反乱の烽火は秦から派遣された地方官僚の圧政横暴に苦しむ民衆の決起を促し、各地で次々と反乱が起こった。こうした反乱の後に漢を打ち立てる劉邦が頭角を現して来ることになります。
その陳勝は若い頃に雇われて仲間と野良仕事をしていた時に、手を休めて仲間に「将来、金持ちになっても、仲間のことは忘れないようにしなくてはな」と漏らした。すると仲間の一人が「何を偉そうに」と応じた。この時、陳勝が「燕雀いずくんぞ鴻鵠(こうこく=大鳥、クグイなどの大きな鳥)の志を知らんや」とやり返したという逸話が材題となっています。

小さい頃、喧嘩で劣勢で、強い相手に負け惜しみから「おまえのかーちゃん、でべそ」と怒鳴った記憶があります。中国では、負け惜しみや「バカヤロウ」とか「チッ、クソ」と人に罵称をくらわす時に「王八蛋(ワンパダン)」などと吐き捨てるようにリアクションを付けて言ったりしますが、日常的に一番よく使うのは、文章にするのも控えられる女性器にまつわる「おまえのかーちゃん、でべそ」的な言葉になります。そして、その次が「王八蛋(王八には、妻を寝取られた男の意がある、蛋は卵のこと)」で、その次の3番目くらいに「小人」が来る感じでしょうか。

「小人」は「大人」の対語となりますが、子どもの意味では勿論ありません。上記の諺の「鴻鵠」に対する「燕雀(つばめやスズメの様な小鳥のこと)」が「小人」に喩えられていますので「大物に対する小物」の「小物(=こもの)」の意味も若干含まれますが、そのようにだけ解釈すると間違ってしまいます。どちらかというと「つまらない人」とか「箸にも棒にもかからない人」のことです。「徳の備わっていない人」「悪さをする人」と言ってもよいかも知れません。何しろ、そういう人を中国人は馬鹿にして、近寄ることも避けるほどです。もし、人から「小人」と言われたなら、烈火の如く怒られるかも知れません。気の良い人でも「ムスッ」とされます。勇気のある人はお試しあれ。
天津に「大悲院」という有名なお寺がありますが、紙に墨で「小人」と書いたものを踏みつけている人を見かけたことがあります。日本でいう、書かれた名前に五寸釘を打ち付ける感覚と思えばよいでしょうか。

それ程に中国では「小人」と「大人」の扱いが違います。まあ、そこのところを分かって欲しかったわけです。
農民蜂起の首謀者となった陳勝は、一介の農民ではありましたが、燕雀のような小人ではなく「鴻鵠の志」を持つ者を自らと重ね合わせて述べているように、やはり高い志を抱いていたのだと思われます。それは、王侯の地位は生来の血筋であることを否定し、誰でもなれるのだとした蜂起の檄文にも現れています。

また、偶然の不幸が重なった面もありますが、当初から策を講じて九百人の農民兵を束ねて大秦帝国を相手に、最終的には数十万の討秦反乱軍を主導したほどの統率能力を発揮したのですから、ただ者でなかったことは確かです。「陳勝、蜂起す」の声に応えて各地で農民反乱が起こります。この後、秦国滅亡の長い戦いが続くことになりますが、陳勝は戦に敗れ敗走後殺されます。亡骸は昜に葬られ「隠王」の称号が与えられます。のちに、漢帝国を興した劉邦は彼を尊び、その墓所の周辺に村が作られ、代々墓守をさせたそうです。

最後は「王」とまで称された陳勝は、確かに鴻鵠の志を持つ人物でした。
結局失敗に終わったとはいえ、秦への反乱の先駆けとなった陳勝と呉広の功績は大きく、後世には物事の先駆けを表す言葉として「陳勝呉広」と言われるようになったそうです。
それにしても、愛らしい燕や雀たちは、一方的に「小人」だと決めつけられても大変可愛そうですよね。
                      29「私の可愛い小鳥達を小人と呼ばないで」

 注)この名言は、邱永漢監修『四000年を学ぶ中国名言読本』(講談社)より抜粋させていただいております。

2013/02/21