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中国名言と株式紀行(小林 章)

第19回 四000年を学ぶ中国名言/「あり得ない価値の逆転は起こりうる」

『いずくんぞ佞を用いん(焉用佞)』
                                 出典【『論語』公冶長篇」】
[要旨]大事なのは能弁の才能ではなく行動である。
孔門十哲の一人「冉雍(ぜんよう)という人物は仁者(人柄や行いのいい人)ですが、どうも話術の方は今ひとつですね」と人から言われ、孔子が答えた言葉。「佞(ねい)」とは、二人の女と書きますので、昔より女二人寄れば喧(かまびす)しいものだったのでしょうか。言葉の意味は、おもねりへつらうことで、ここでは口が上手い、弁舌が立つの意です。

孔子は、口達者な人には点が辛く「便佞を友とするは損なり」(口ばかり達者な人を友にするのは人生の浪費だ)とも述べています。多弁はむしろ人からは嫌われる、仁者にとって大切なのは誠実な行動なのだ、という思いが読み取れ、実践や人格を重視していた孔子らしい言葉だといいます。ちなみに、孔子の弟子のなかでは冉雍という人は、政治的手腕に優れ、指導者の資格があると言われました。

能弁の人が多いなあ、と感じるのは、中国で仕事をしていれば、誰しも感じるのではないでしょうか。20数年前に中国に渡って仕事を始めた時に、しばらくして「今の中国には、資本がない、技術がない、外からの情報が少ない、有るのは人の口ばかりか」と心に思って、口にできなかったことです。その頃は、確か中国人自身も、人の多さを口実に、集約型の産業の可能性を説く人も多かったと記憶しています。

事実、私も工場経営を始めて、十年以上も賃金の上昇を見ることがなかったのですから、当時の中国進出の決断は、結果としては正解でした。日本で雇用していた部長クラス一人の給与で、中国では50人以上の工員が雇用できたのです。しかし、過去は昔です。
今では、最低賃金は定められていますし、人材確保が各進出企業の重要課題になりましたし、賃上げ要求は際限が無くなりましたから、経営者は何とか福利厚生面の充実を図ることで、他企業との差別化や従業員の引き抜き引き留めに歯止めをかけることになりました。

こうした現象は、どこかで見たような光景です。
デジャヴという言葉がありますが、既視感、一度も体験したことがないのに、既にどこかで体験したことのように感じることと辞書にあります。少し意味合いがズレてしまいますが「いつか来た道」を思わせるにピッタリの表現です。

孔子の時代の中国も、案外弁舌が立つ人が多かったのでしょう。能弁の人は付き合っても損ばかりで、友とすべきは、むしろ誠実な行動の人だ、とまで言っているのですから、当然行動の人は少数であったはずです。
孔子自身も、多くの能弁の士に付き合わされ、無駄な時間を過ごさせられた後悔の念が強かったと見えます。
とすると、仁者という存在こそに価値があるといえます。仁者とは、人柄や行いの良い人のことです。こうした人材を探し出す事が難しいのに、その人に、つまらない能弁の才まで求めるのは、アンタどうかしてるのとちゃうか、と言っているのです。

どうも世の中のニーズは、しばしば逆転現象を起こすことがあります。プレゼンやディベート能力がビジネスマンには必須なのだそうです。デスクワークを志望する今時の若者には、口先能力も必要なのだと説明されても、もともと能弁の人は世の中に多く、仁者は少ないのですから、やはり仁者の方に価値が認められるべきなのですが、どうしたことでしょうか。
                         10「あり得ない価値の逆転は起こりうる」

注)この名言は、邱永漢監修『四000年を学ぶ中国名言読本』(講談社)より抜粋させていただいております。 

2012/12/07