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中国名言と株式紀行(小林 章)

第17回 四000年を学ぶ中国名言/「兵法は心理戦向き」

『囲師には必ず闕き、窮寇には迫ることなかれ(囲師必闕、窮寇勿迫)』
                                    出典【『孫子』九変篇】
[要旨]敵軍を包囲するときはどこかに逃げ道を開けておき、敵兵を絶望的な窮地に追いやるな。
劣勢の敵軍を完全包囲してしまうと、敵兵は死に物狂いで反攻してくるので、自軍にも相当の犠牲を覚悟する必要があるが、包囲網に僅かに逃げ道があると、兵に自分だけは助かりたいという気持ちが生じ、戦意が萎えるものだ。そこを突いて攻め込むのが、自軍の損害を最小限に止める兵法だ、と孫子は説いています。しかし、現在では、弱者を追い詰めることなく、追い詰められる者の身になって危険を回避すべし、との解釈が成り立つ。

経済人の兵法好きは、三国志や戦国物がよく読まれていることからしても明白です。ところが、経済活動における兵法ほど当てにならない物も無いように思われます。
ノーベル賞ものの経済理論なども、後付の兵法のような物であって、現実の経済活動に当て嵌めようとするとどうしても無理が発生してしまいます。何故なら、経済における競合関係は、いわば椅子取りゲームのような物であり、精々先に取るか、後から取るかの争いがある程度だからです。勿論、椅子は幾つかあって、一番の椅子が最も大きい椅子で、次からは段々小さくなっていくようになっています。

中国でも、孫子は相変わらずの人気ですが、現在に通用する戦術は殆ど見当たらず、精々心理戦の場でのみ有効性が認められる精神安定剤のような地位に甘んじてしまいました。
それは、何も孫子のセイではないのです。近代戦自体が、あまりに高度化してしまったからです。閃光一発で事が片付いてしまうなら、兵法など不要なのです。辛うじて、経済戦のなかで、生き延びてきましたが、昨今の経済戦だって国家財政をも凌ぐ巨額のグローバル・マネーの出現で、すっかり勢いを無くしてしまったのです。ご年配の経済人の嗜(たしな)みのなかに収まる規模にまで後退を余儀なくされています。

私の20年来の友人に、その兵法に長けた中国人がいます。彼の電話での取引相手との交渉の様子を見ていると実に惚れ惚れしたものでした。羨望さえ覚えます。
例えば、こうです。中国で仕事上のトラブルと言えば、大抵納期の問題か支払(代金回収)トラブルと決まっています。電話の向こうの相手と、ひと仕切きり言い合いが続いた後、彼が決まって「まあ、一服してくれ。俺も吸いたいから」と言います。彼はタバコを取り出し、ライターで火を付け、プカーとやってから「ところで、どうだい」と始めます。
まるで映画のワンシーンですね。こうした心理戦を、彼は得意としています。

「窮鼠、猫を噛む」という諺がありますが、ネズミでさえ追い詰められれば、猫に刃向かってくるのです。如何に部下の失敗が我慢ならなくとも、中国では、相手をコテンパンにまでやっつけたりはしません。窮鼠(相手)の反発や反感が怖いということもあります。しかし、何より怖いのは、彼の後門に控える虎に対してものです。そのために、彼を仮に追い詰めても、逃げ道までは塞がず、しばらく様子を見る訳です。その方が間違えないで済むからです。
                                  9「兵法は心理戦向き」

注)この名言は、邱永漢監修『四000年を学ぶ中国名言読本』(講談社)より抜粋させていただいております。 

2012/12/03