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散歩しながら(ぼうちゃん)

第69回 耳を澄まして

耳を澄ますことは
音楽を聴きながらだけでなく、
自動車を運転しながらでも
花を見ながら読書しながら
それぞれがそれぞれの仕方で出来ます。


家の中に病人がいるときも
看病人は病人のわずかな咳払いや
息づかいの変化を聞き落とさないように慎み、
静寂を心がけます。


しかし鎮魂という儀礼ほど
耳を澄まし静寂なものはないように思います。

もう聞こえなくなった死者の声が
あたかも聴き取れるかのように
耳を澄ませるのですが死者の声は聞こえません。

 

読書も、しんみりした恋も、
あたたかいお茶も
黄昏(たそがれ)の空とともに 
風とともにもう其処にはなかつた。


詩人はやはりうまいこと言葉にするなあと感心します。
耳を澄ますことを日常の行為で言い表しています。


さびしさのとけてながれてさかづきの酒となるころふりいでし雪

夕されば一人ぽつちの杉の樹に日はえんえんと燃えてけるかも

若山牧水の歌ですが
これもやっぱり何かに耳を澄ましているなあ。

 

もう久しく山を歩くこともなくなって
身体を動かすことといえば合気道の稽古だけですが
この夏、久しぶりに歩きに出てみようと思い立ちました。

尾瀬ヶ原
八ヶ岳。

友人と行くのもいいがやはり今回は単独行です。
何しろ耳を澄ましに行くのですから。

猫やなぎ薄紫に光りつつ暮れゆく人はしづかにあゆむ

とか口ずさみながら
詩人気取りで。

自然の中、ぶらぶらの逍遥もいいが
くれぐれも熱中症にならないように。

2011/07/29