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パラン・パラン(スエナリ)

第148回 アテネ行き

ホテルの部屋のバスタブの湯が抜けなくなって、
フロントマンを呼ぶが、明日にならないと
どうしょうも無いと言うので、
だばっと浸って、
夜も遅かったので、そのまま寝る。

翌朝はバスルームから部屋の中まで
水浸しになっていました。
部屋を変えろと言えば、よかった話だったのですが
その状態に合わせたのでした。
気遅れしたのです。

前の晩、ホテルのフロントマンが手配して男は
翌朝11時過ぎに迎えに来てくれました。

アルバニアのティラナを、経てのアテネ行きも
狙ったのですが、ティラナへの道が悪く、
ギリシャのテッサロニキへの道は良よいとのことで、
南下することにする。

運転手は30代の足の長い、がっちりした寡黙な男
スコピエ市内を案内してくれました。
先にたって歩いて行くのですが、
つま先立ちに、ふぁんふぁん、といった感じで
踵にあまり、かからない感じの歩き方なのです。
おそらく、義足なのでないかと、
先のユーゴスラビアの分離、内戦で負傷したのでは
ないかと、かってに推察したわけです。

マザーテレサ教会通りの突き当たり
地震記念館近くの、段にチトーの胸像を囲んで、
ユーゴスラビアの旗、マケドニアの旗(日本の海軍の旗に似てる
色はオレンジだ)が、挿してあったのです。
その場に少し佇んで、なにやら説明してくれました。

スコピエからテッサロニキのへ道は快適で、
彼は気を利かせて、オフリド観光のDVDを映し、
次に、アレキサンダーを映しましたが、
我々は関心が薄いと見ると、消しました。

車窓には、時々枯れたぶどう畑ときゃべつ畑が、流れていきます。
国境近くは、潅木の生えた渓谷が続いて、
ギリシャの平地に入っていきました。

テッサロニキのバスターミナル着いたのは、午後4時10分、
アテネ行きは4時30分でした。
上手い事いきました。

2010/02/16