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知者不言、言者不知(村上悠悠)

第26回 村上春樹の翻訳者

興味があって、村上春樹の翻訳者を囲むシンポジウムを聞きに行った。

私は村上春樹の熱心な読者ではありません。
でも、村上春樹が世界中で売れていることには
とても関心があります。

ちなみに、シアトルで一番の大型書店で
日本関連のものでの万引きトップ3は
1番がコミック関連
2番がイレズミ関連
3番が村上春樹 だそうです。

少し前に聞いたものなので
現在のことはわからないのですが、
『世界の中心で愛をさけぶ』という本が
総売上冊数で抜くまで、
『ノルウェイの森』が総売上冊数のトップでした。

でも、その総数を3年ほど前に
中国での総売上冊数があっさり抜いたという。
もしそれが、正規の本だけの数なら、
あのコピー天国、中国なのだから 海賊版を考えると
いったいどれだけの数が読まれているのか想像もつかない。

その中国語翻訳をしている林教授を
初めて見ることができた。
村上春樹は日本で講演することがなく、
日本のメディアの取材もめったに受けないので、
私たちは村上春樹本人を見ることも出来ない。
そしてまた、その翻訳者を見る機会も稀だ。
(村上春樹は先月UCバークレーで講演したらしい。
千人募集に2千人がつめかけたと言う。)

30冊以上の村上作品を翻訳している林先生は
すなわち世界で一番多く、村上作品を翻訳している人でもある。
専門は古今和歌集という。

独特の翻訳で、ひとつの章が丸ごと抜けてることもあるようだ。
そして、ここが一番の疑問点なのだが、
固有名詞が活かされていないということである。

つまり中国語版では、BMWもボルボもすべて「車」であり、
ヴァージニアスリムは「煙草」であるという。

かの蓮實重彦は村上文学を
単なる高度消費社会のファッショナブルな商品文学にすぎず、
これを読んでいい気分になっている読者は「詐欺」にかかっているという
きびしい評価を下してきたようだけど、
蓮實先生も林先生訳の村上作品の再翻訳を読めば
別の評価を下すかもしれない。

例えば、私たち日本人は『ノルウェイの森』を読んだ時
主人公の恋人が突然姿を消し、サナトリウムに入院していることが分かり
主人公がお見舞いに行くところで、
そのサナトリウムの駐車場にBMWやボルボがあるというのを読んで
「ああ、そのクラスの家庭の親が娘を預けるような病院なんだな」と理解する。
これが、駐車場には車が2台あった、では何が伝わるというんだろう?

まあ、20年前の中国で、車を持っている人は少なかったから
車を持ってるというだけでそれはかなりのお金持ちということなる、というのだが、
そういうことでもないような。

でも、そういうことなしで、村上春樹がそれほどにまで
読まれているというのは、もっと本質的なところで共感を得るところがあるのだろう。

2008/11/19