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Cafe MIMIK(MIMIK)

第8回 ある告別式

年末に、恩人が亡くなったので告別式に行ってきました。
告別式は、クリスチャンであった故人の信仰の場所であった
教会で行われました。
教会は、日本の寺と違い、今でも信仰を持った人が集まり
信仰の場所となっています。

最近の告別式は、急増殖している葬儀ホールで行われることが
多いですね。
私の実家では、まだ自宅で行うことが多いですが。
実際、田舎の家というのは葬式用の部屋を確保しています。
普段は使わない続きの2間を持っているものです。

はじめてのキリスト教式の告別式でした。
牧師も故人のことを熟知していたため、思いの言葉も
深いものでした。
何だか本当の意味での葬式のように思えました。
人を葬るというのはこういうことか。
特に、故人が愛した賛美歌を全員で合唱したときは、
感慨深いものがありました。

牧師は故人の業績、教会での想い出を話して行きました。
そこに語られるのは、私が知らない故人ばかりでした。
実際、クリスチャンであることを知ったのは、
亡くなった後でしたが。

私は故人と出会ったのは、仕事のうえでのことでした。
故人は自他に対して厳しい人でした。
仕事のうえで妥協はありませんでした。
一方で、人生の処世術にかけていたのかもしれません。
そのため、人を育てることができませんでした。
誰もが仕事を認めますが、信奉者はいなくなっていました。
また、多く人を傷つけ、多くの人が故人のもとを去って
行きました。

私は、牧師の故人に対する言葉を聞くにつけ、
故人は二重人格を思わせる
語られるだけの博愛精神があったなら、もっと
人を愛し、育てることができなっかたのか。

私は、そういったことを故人と生前に話してみたい
と思っていた矢先の訃報でした。

告別式は心温まるものでしたが、
人間というのは、ほんとうわからないなと思いました。

2008/01/16