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融通無碍(久遠善行)

第6回 ゴミが黄金に変わる

迷惑掛けっ放し・・・はまだまだ続きます。

プロフィールに書いてある部分
>大学卒業後、就職せず自営を夢見てフリーターとニートを繰り返し、親に泣かれる。
母に泣かれたのもこのころ(24歳)でした。
丸1年働かず、
「お金貸して~」と返す当ての無い、前借りをしてました。
1年後にアルバイトをし始めますが
働いたと思ったら、友達宅へ泊りこみ・・家に帰ってこなくなりました。
「働き出したと思ったら・・・」
と母に言われたのを覚えています。
当然、「うるさいー」みたいなことを言い返して反発しています。

いやいや・・、本当にどうしようもないバカ息子です。
仮に、自分が母だったとして、神様に
「あんたが産もうとしている子供、将来こういう息子になるけど要る?」
って聞かれたらもう即答ですね。
「要りません!」って(笑)

それでも度々何か旨く行かない事があると
親のせいにしていたのでした。
一種の思考停止状態です。
親のせいにしてしまえば、それ以上考えなくてよいのですから・・・。
結果的には、自分が苦しくなるにも関わらず。。

自分は母親に対しずっと
「子離れしろよ・・」「息子を開放しろ~」と思って居たのでした。
しかし、事実は全くの逆。

大学卒業したら就職・・というフツー(?)のコースを歩まなかった
息子の予測不可能な動きに翻弄されたのは母だったのです。
母の目線から見る息子は
目が離せなかったというのが本当のところでしょう。
ゆっくりする間も与えなかったのは自分だったのだと。

こうして、生まれてから現在までの母に対する内観を一通りすると
畳半畳のスペースで、へばり付く様に項垂れていました。

こ、こんなに迷惑を掛けたのに許してくれている母って一体何者・・・。
マザーテレサに匹敵してなくもない・・?
「無条件の愛」とか「無期限の愛」とかって言うのって
ひょっとしてこのことか・・

内観に来る前は
「母親との思い出は、はっきり言ってゴミ・ゴミ・ゴミ
永遠と続くゴミ処理場の中を歩いてきたゴミの山の思い出の人生だったもんね~」
・・などと思っていたのですが、
内観してみた後は
「そのゴミを改めて、手に取って良く見ると
その思い出は一つ一つ全てが黄金で光輝き、宝の山を歩いてきた人生であったのだ」
とビフォーアフターされたのでした。

2009/10/27