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道連れは無敵の相棒(湖津園立治)

第24回 日本語教室

早いもので上海へ来てから1年が過ぎた
ひどい下痢で入院したこともあったが
今のところ体調は問題がない
上海の水に慣れたということだろうか



日本語を教える仕事をしている関係で
常日頃、日本語について考えることが多い
日本語に限ったことではないが
言葉というものは奥が深く興味が尽きない

ある日、生徒さんからの質問で
「“日本へ行きます。”と“日本に行きます。”どちらが正しいですか?」
と聞かれて、どちらも正しいと答えると
「意味は同じですか? なぜ二つありますか?」
と聞き返されて困ってしまった
助詞“へ”は移動の方向を表し、“に”は動作の対象を表している
この場合、意味はほとんど同じと考えていいだろう
日本人は皆、無意識に使い分けをしているので
文法的に説明するとなるととてもやっかいだ

意外な規則性に気づいて我ながら感心することもある
入るときは常に“に”を使い、出るときは常に“を”を使っているのだ

 お風呂に入ります
 お風呂を出ます

 大学に入ります(入学)
 大学を出ます(卒業)

 駅に到着します
 駅を出発します

 滑走路に着陸します
 滑走路を離陸します
            ・・・

他の言語と比較したときの日本語の特徴も見えてくる
ある時生徒さんにこう指摘された

「“日本に行ったとき、お土産を買います。”は、間違っています
 “買いました”が、正しいじゃないですか?」

英語を勉強した人なら誰でも分かると思うが
彼は、時制が一致していないと言いたかったのである
英語の文法なら間違いかも知れないが
日本語としては間違っていない
動詞“行く”の た形(過去形)“行った”は、この場合
完了の意味で使われているので過去を表しているのではない
例えば中国から日本に行く場合
“日本に行ったとき、お土産を買います。”は
日本に行った後で、中国の友達に渡す土産を日本で買うのに対して
“日本に行くとき、お土産を買います。”なら
日本に行く前に、日本の友達に渡す土産を中国で買うのである

日本語は英語と違って時制の表現が曖昧だ
中国語になるともっと曖昧である
言語の性質の違いは非常に興味深い

また、文型において使える語に制限がある場合も
知らないと説明することができない
例えば、目的を表す表現に“〜ために”と“〜ように”がある

 “自分の店を持つために、貯金します。”
 “自分の店が持てるように、貯金します。”

この場合“持てるために”とか“持つように”とは言わない
この違いは何かというと
動詞が意志性を持っているかいないかという点にある
“持つ”は意志動詞であり、“持てる(可能形)”は無意志動詞となる
持つことが可能かどうかは意志とは関係ないからだ

このように日本人なら当たり前のように使っている日本語なのだが
日本語を教える仕事をしていると日々新しい発見があって
とても楽しいものだ

最後に読者に質問しよう

 a:公園で散歩します。
 b:公園を散歩します。

さて、どちらが正しいだろうか、或いはどちらも正しいのだろうか
そして、その理由を説明できるだろうか

日本語教室の生徒さんたち

日本語教室の生徒さんたち

2006/07/29