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中国名言と株式紀行(小林 章)

第142回 ホーム

かつて、米国の哲学者のロバート・ノージックは「国家は伝統的な共同体ではなく、単なる枠組みであるべきだ」というような言い方で、基本的人権や私的所有権の保護などの基本ルールと外交・治安維持などの最低限の安全保障が守られていて、それ以外の価値観に対しては中立なフレームワークとしての国家を構想し、いつでも本人の意志で退出可能な緩い結びつきのグローバルな新たな共同体との共存を説きました。

「国家」という幻想が、いまや多くの人に確実に追認されつつあり、現状の「国家」は単なるフレームワーク(枠組み)以上ではないことが自明の理として自然に受け入れられつつあるということです。

北欧的な福祉国家のような大きな政府の対局にある、民営化などを推し進める小さな政府をも否定する、自由でグローバルな市場に対応した近代以降の最小国家というユートピアへの道を指し示す発想です。

しかし、多くの為政者や政治家は、いまだに「強い国家」の呪いを唱え、福祉国家の実現という極めて非効率な巨大な官僚制を前提とする「バラ色な理想社会」を喧伝するのに多忙です。

現在、またはかつてのような「国家」の枠組みに依存しない、経済的に自立した自由な個人を前提とする社会を夢想してみます。

社会を変えるといった革命のような「大きな物語」は死に体と化して、社会革新的とされた処方箋も単なる御札の紙切れでしかありませんでした。
強大な権力による武力行使で略奪しあう、あらゆる富と資源と情報を独占しようとする煩わしい試みは遠のきつつあります。
いかなる武力行使でも、国家や政体の問題すら解決できず、空しいことが分かってしまったからです。憎しみと悲しみの継承・連鎖は武力や経済的保証などよりも結局強力なのです。

こうした事態の推移は、人類にとって誠に喜ばしいことです。
市場原理が社会の隅々まで行き渡ることで、武力による競争を巧妙に排除して、誰にでも参加とチャンスが与えられ、相互の契約と互恵の機会が増し、公正公平なルールに基づく取引が、あらゆる分野で市場原理による競争で繁栄と資本の増大が実現しています。

新たな世紀を迎えて、東西の壁の崩壊や国際テロの勃発などの事態を経て、やっとわかってきた事実があります。
じつは、社会の富の多くは、封建領主の奪取や宗教的な権威や階級間の強奪によって一部の権力者に強大な武力を背景として偏在してきたのではなく、ましてや強欲な企業家によって生み出された商品的な付加価値が労働者から一方的に搾取され独占されてきたのでもなく、恐れと人々の自由な市場での努力と競争によるわずかな相補的な均衡によって初期値(初期の振るまい)がほんの少し違っただけで、個人が周囲の人々の行動に影響されつつ、合理的かつ利己的に振る舞ってきた結果、均衡が組み直されて、のちの結果を大きく左右してきただけだったのです。

私たちは、そのことになんとなく前から気づいていながら、口にするのをはばかり、見ないふり、知らないふりを通してきただけなのです。
いくら「自己実現」の努力を重ねても、虚しさが全身を蝕んでいくばかりです。
道筋の立たない自己実現の欲求など幻想に過ぎず、結局は「自己啓発貧乏」を地でいく行為であることを示しています。ある意味、世の中の抗うつ剤の普及に貢献してきただけでした。

伝統的な共同体のルールに基づかない自由な私(個人)のような身近な「小さな物語」がますます重要になっています。
グローバル化を加速させるソリューション的通信手段となったネットの世界では個人的な評判があっという間に、世界的な評価を得るといったことが日常茶飯に起こりえます。個人が情報発信の起点となる手段を手にする時代になっています。また、権威者や専門家でしか触れ得なかった市場や情報世界が誰にでも開示されつつあります。
規制権力者側には予測不可能で、気づく前に情報はあっという間に爆発的に広がり、宴が終わる頃にようやく封鎖措置を講じて、顰蹙を買い、ウザとさばかりが後味悪く残滓のように積み重なっていくばかりです。

すでにグローバルな存在となっているお金やモノや評判は、自由にボーダーを易々と超えて世界を駆けめぐっています。
グローバルなサプライチェーンをいち早く築いた多国籍企業が大きな儲けを手にしてきました。
また、そうは言っても、この間、権力者側の強引な力と富によって、情報の規格化や独占、規制がまだまだ常態化してはいます。

世界中では、いま、明示的に、人の移動がボーダー(国境)に阻まれ、制約を受けているだけです。
既存の為政者(=受益者)側は、お金やモノの移動は多少許容したとしても、意図的な自由人や経済的貧民の自由な移動さえ意図的に制限すれば、まだまだ自分たちの既得の権益は守られると思い込んでいます。

ボーダーを超えた人的資源や人的資本(人材)の自由でグローバルな移動に、これからは大きなチャンスが潜んでいます。
単なる物見遊山やトラベラーではなく、その人に関わるすべての能力や財産などの属性までも含めた自由な移動が可能性を広げます。
優れた人材の移動は、新たな人的な関係資本(人的ネットワーク)を生み、有益なリレーショナルネットワークを育みます。
また、この関係資本のネットワークの広がりが、新たな人的資本の醸成を促します。

申し遅れましたが、ニューイヤーをお祝いしたいと思います。
私は、華人のお正月を中国本土から台湾に来て、いま台北でお祝いしています。
新しい年の到来が、こうした期待を膨らませてくれます。

世界が経済や企業などのグローバル化の進展する時代では、ボーダー(国境)は、文字通り有名無実化して徐々に意味をなさなくなっていく傾向にあります。
すでに、自国以外の国で暮らす人々の人口は世界で2億人を超えています。
人の移動を国境で止めようという経済難民対策や租税防衛策は、法規による正義や正当性を振りかざしてみても、経済先進国の醜いエゴにしか見えません。

また、伝統的な共同体内でのみ有効なナショナル志向(愛国思想)は、個人の自由を制限しようとする思考倫理でしかないでしょう。
ナショナリズムは、旧権勢力の拠り所であるだけに、旧時代的な体制派の卑屈な抵抗倫理としか見えません。

幸いにも日本人は、各国を比較した国民の価値観調査の結果では、国が戦争に巻き込まれても厭戦的で、自国のために戦う気などサラサラなく、かつたまたま生まれてきた自国や日本人に誇りや愛着さえ持たず、既存の権威や権力が嫌いな希有な国民性を持っています。
これを、自虐的だ、不名誉なことだ、戦後民主教育の過ちだと為政者側は自国民を叱りますが、逆にグローバル化やボーダーレス化の進展には頼もしい思想や倫理の持ち主(担い手)でもあると見なしてよいでしょう。

こうした思考をお互いの基礎基盤として突き詰めていけば、互いに寄りかかるレールの上の仕組みの旧来の安心に基づく共同体が音を立てて瓦解しているいま、素早く頭を切り換えて個々に自立した人間関係を築き、新たな信頼社会を築けるきっかけになるのかも知れません。

一方、傲岸で蒙昧な為政者は、先の大戦で自国の約300万人の犠牲者の御霊を慰める(誠を捧げる)という理由で、日本の被侵略行為にあった数千万人のアジア諸国・地域の現に傷を抱える犠牲者に配慮をする想像力を欠いた対応は適切だといえるのでしょうか。

いまだ大きな痛みを身内や近親者に受けた人や本人までもが実在する時に、自国の戦犯を含む戦没者慰霊のための行事は各国で常識であると言ってみても、侵略を受けたアジアの国々の人々はまったく納得しないでしょう。
私たちの近親者の先の大戦で犠牲になった人々の御霊は政治とは無関係の場で、ひっそりと厳かに、かつ丁寧に個人的に静かに慰めればよいはずです。

グローバル化の推進者には、ナショナリズムは相容れません。
国や故郷は、たとえば男に生まれたか女として生まれたかといった個人が避け得ない偶然的要素に運命づけられた便宜的な場所でしかありません。
たまたま先進国の日本人に生まれたことが、なんの特権を付与されたことにはならないでしょう。
もちろん、人にはみな望郷の思いはあるでしょう。
しかし、いまや国家や政府といった伝統的な共同体はまったくあてにならないものとなってしまいました。

邱永漢先生はかつて『日本脱出のすすめ』という著書で「華僑と呼ばれる人々が政府の援けなど一切あてにせず、自分らの力で自分たちの財産と地位を外国に築いてきたように、日本人も自分らの会社をシェルターとして、チームワークを組みながら国際的に自分らの世界を築かなければならない時代になってきたのである」と述べられました。
まさに、そんな時代がわれわれ個人にも訪れようとしています。

さきに権力者側とか、旧体制者とか、為政者とか、目の敵のようにいってきた人達も、案外あてにならない人達でしかないのかも知れません。

または、人にはじつはホーム(home)があるだけなのです。
世界各地を自在に行き来する作家のピコ・アイヤーは「あなたのホームはどこですか?」と問いかけます。
英国生まれでインド系の血統を引く彼自身は、日本の奈良に約4ヶ月程度パートナーの家に滞在し、集中的に執筆に励み、両親の暮らす米国・カルフォルニアに数ヶ月、あとの残りを彼の関心の向く各国の現地現場での取材を兼ねて旅行して過ごしています。

ピコの問いかけるホーム(home)とはなんでしょう。
彼自身のホーム(home)の定義は「自分が自分になれるところ、自分らしくいられる場所」だといいます。
単なる「家」ではない。ましては「故郷(くに)」などでもない。
安易に安寧とこころの安らぎを求めて、故郷や故国を目指しても、結局は求めた温もりは得られず、空しいだけに終わるのかも知れません。

多くの人には、いまだに日本のかつてのムラ的な「安心社会」への信頼と郷愁が渦巻いていることも理解できますが、強靱な家族的血縁的な紐帯は徐々に崩れつつあるのです。変わらないと思われた知人との友情にも時間の経過と環境の変化が距離を感じさせてくれるだけかも知れません。

こうした時代には、自らの拠り所を組み直す必要性に迫られています。
そうした意味では、旧来の集団主義的な共同体ともいうべき安心社会に安住してきた人々は、徐々に寄る辺のない過酷な耐え難い世の中に投げ出されつつあるともいえます。

ピコ・アイヤーのいうとおり、人にはホーム(home)が必要です。
つまり、人はいかなる困難に直面していても「自分が自分になれる場所」だけを求めているのです。

 

2014/02/07