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中国名言と株式紀行(小林 章)

第123回 中国・天津より/中国株日記 (60)

【NO.61】中国、天津より(1)
中国では、今春節を迎え、昨年末の習近平氏が共産党総書記に就任し、まだ3か月も経っておらず、3月5日から始まる全人代開催以降より本格的な習近平・李克強体制が始動します。

1昨年来の中国経済の減速は、昨年の9-10月期に底を打ち、回復基調がいよいよ鮮明となってきました。
大変に喜ばしい状況です。今年の株式市場は久々に盛り上がりの気配が予想されます。
この中国の春節(旧正月)以降の株式相場に期待が持たれます。
しかし、中国経済の先行きに懸念がないわけではありません。
そうした好材料、不安材料となりそうな諸点を少し私なりに整理してみたいと思いました。

中国の2012年の全国の実質経済成長率は7.8%増と13年ぶりに8%を下回った形でした。しかし、地方自治体別でみると、7.8%というGDP成長率を下回ったのは北京と上海のみで、ほとんどの主要地域で10~14%前後の高成長を達成しています。この地方経済の高成長率を支えたのは、例外なく固定資産投資でした。
2012年のGDP7.8%成長の半分は、36兆元(約540兆円、1元=15円で換算)に上る固定資産投資が生み出したといわれています。
逆に、昨年の景気の停滞状況を反映した形で、消費のGDPに占める割合は30%ほどに低下しています。

2003年春、胡錦涛・温家宝政権の体制が発足直後には「投資から消費へ」といったスローガンを打ち出しましたが、結果的には中国経済の投資依存体質を変換するどころか、逆に投資依存体質は改まらず、一部地方では一段と強める結果となってしまいました。
温家宝首相は昨年の7月10日に行った記者発表で「投資拡大を促進することが中国の経済成長を安定化する上で重要だ」との見解を明らかにしています。ここで温首相は「経済成長安定化政策には、消費へのてこ入れや輸出の多角化が含まれるが、現時点で重要なことは、投資を十分に拡大することだ」と指摘しています。中国にとって安定した発展のためには依然として「投資」が重要であることを強調しているのです。

この胡錦濤時代の10年で「和諧社会」の実現を標榜し、出稼ぎ労働者の低賃金を前提にした労働集約的な産業構造を改めるとか、労働最低賃金の切り上げによる賃金分配率の向上とか、民生や福祉に配慮した政策を着実に実行したとか、産業発展が引き起こす環境汚染を是正しようとか様々な手を打ってきました。
胡錦濤氏の掲げた「科学的発展観」は、今後の習近平氏の時代にも最重要理念として確認されており、中国共産党の指導理念に加えられた「中国の現代化を導く理念」となりましたが、要点は、「人を基本」とし、経済・社会・政治・文化など「全面的で均衡のとれた持続可能な発展を堅持し、統一的な計画・全般的な配慮を堅持しなければならない」とされています。もっと噛み砕いて簡潔に言えば、「国内総生産(GDP)の数字だけをむやみに追求せず、科学的かつ合理的な観点から、中国全体の持続可能な調和と均衡発展を目指す」ということになりますが、これには大きくは4つの特徴があるといわれています。
すなわち、(1)国家の経済的な発展が第一であるが、(2)人間本位であるべきであり、(3)全面的調和により持続可能な発展を図り、(4)社会全体の利益を考えるべきであるという視点です。
胡錦濤氏は「先富」から「共富」への軌道修正と成長がもたらす歪(ゆが)みに着目したところに、経済成長を優先した江沢民政権との違いを強調したように感じますが、政権の豪腕や推進力には若干欠ける面がありました。しかし、中国の新たな時代への方向性はしっかりと示せた形です。また、GDP目標についても7-8%台の高成長を結果的には維持できたことは大きかったといえるでしょう。

ことに、リーマンショック後の世界的景気後退局面での2008年末に中国が4兆元規模の景気対策を世界に先駆けて実施しただけで、中国景気のV字型回復を実現させたのみならず、その景気対策のスケールの大きさも世界を驚嘆させるものでした。ギリシャの経済破綻危機に端を発した欧州経済危機までの間の世界経済を牽引する役割はりっぱに果たせたはずです。

しかし、大ナタを以て振り下ろされた経済の振り子はどうしてもどちらにも大きく振れすぎてしまうものです。
江沢民政権が進めた経済民営化(国退民進)、「3つの代表」(民営企業の企業家にも中国共産党の党員になることを認める)などの経済発展優先の路線に対して、胡錦濤氏は社会格差などの点で社会主義の考え方から大きくかけ離れてしまうのではという懸念があったように思われます。結果的に、胡錦涛・温家宝政権の体制下において、経済政策は「国進民退」などの公有制の方向にかなり回帰してしまいました。
 特に「国進民退」の国有企業が優遇される一方で民営企業が圧迫される事態は、経済構造に様々な弊害をもたらしていると感じます。

こうした事態を招いたおもな理由は、江沢民・朱鎔基政権の改革・開放後の経済優先路線に対して胡錦濤氏が大きな違和感を覚えたことや、経済以外の立ち後れる社会全体の改革にも着手しなければ社会や経済の民衆間や地域間の矛盾や格差がいずれ共産党独裁体制自体を危うくさせるとの認識があったからだと考えられます。

世界を驚かせたリーマンショック後の4兆元(当時のレートで約57兆円)もの大型景気対策は中国経済のみならず、世界経済にも少なからぬ影響力を行使しましたが、今の中国の実態はその後遺症にも苦しんでいます。

おおよその概要はこうです。
4兆元の投資を賄う資金のうち3割は中央政府が負担したものの、残りは地方政府がおもに金融借入れによって調達しました。この資金需要を賄うために中国は、2009年から空前の金融緩和策を取ることになります。
金融機関からの貸出しの元栓を一気に全開にしたために過剰流動性が発生しました。
また、そのせいで大量の投機資金が不動産市場に回り、中国全土で不動産価格が高騰したのです。
この市中に流れ込んだ大量の資金の大半は国有企業と不動産向けの融資に回りました。一方、市中に資金が溢れているはずなのに、民営企業には資金が回らず、おかしな「融資難」現象が起こりました。結局は本来回るべきところにカネが回っていないという歪(いびつ)な状況になりました。
ようするに、4兆元投資のあらかたが独占的に有力国有企業の胃袋に収まり、国有セクターは膨張し、かつての力を得ましたが、一方の民営セクターは新規投資どころか日々の回転資金にも事欠く企業群が出現しだして、かつての勢いは削がれ相対的に衰退するという傾向がますます顕著になってしまったのです。

こうした「国進民退」により効率の悪い政府や国有企業が経済の中心に返り咲くことで、安易な経済手法が市場にまかり通ることとなり、資材コストの上昇が顕著となり、今後工業化の進展による高効率な生産性と付加価値を高めていかなければ経済の実質成長が図れないにもかかわらず、かつての国営企業時代の「親方五星紅旗」や「大鍋飯( どんぶり勘定のこと)」とか「鉄飯碗(鉄製の茶碗は割れないことから、永久就職の意味)」をはびこらせてしまったのです。また、官と国有企業との利権を巡る癒着、土地開発に絡む収賄などの悪しき旧弊を断ち切ることが難しくなりました。
特に強引な地方都市の土地の再開発や工業団地開発に絡んでは、居住者や農民等の不満が爆発して地方で暴動を頻発させることとなりました。

胡錦涛・温家宝政権の体制が発足時に掲げた「投資から消費へ」といったスローガンも、結局かけ声のみで、未だ実現はほど遠い状況です。勿論、手を拱(こまね)いてばかりであったわけではありません。「汽車家郷」や「家電家郷」といった政策は実効性があり、日本でも自動車や家電買い換え時のエコポイント制などの参考となるほどの成功事例でした。しかし、政府の打てる景気刺激策も所詮はカンフル刺激注射剤の効果でしかありません。また、最低賃金の引き上げや農民や貧困層への税の減免や生活保障を進めました。
胡錦涛主席は昨年末に2020年までの10年間での一人当たりの実質GDPの倍増を目標にするとも述べています。やはり、本物の「投資」に過度に頼らない「内需・消費」型の経済への転換には、前提として社会的な富の再分配が進行して広く行き渡り、厚い中流層の形成が欠かせません。
都市部で発生し、地方都市に波及していった「不動産投資ブーム」は一部の富裕な庶民にまで波及していますが、多くは投機的な色彩が濃く、日本の高度成長時代の一般庶民を対象としたマイホームブームとは性格が異なるように感じます。
日本で発生したバブル経済は、成長経済から成熟化への入り口で発生しています。また「土地神話」の崩壊は、工業生産の停滞など産業の構造転換期の終わりで発生しています。
単純に中国での事態に適用はできないでしょうが、グローバル化の時代では日本で起こったことは日本に追随して経済発展を遂げる国々でも同様に起こりえます。

これまでの歴史が証明しているように、経済の大きな振り子の振りは往々にしてどちらにも行き過ぎるものです。これが景気の揺れの大きさを左右します。中国も大型の経済対策の後始末に大わらわでした。投資と開発頼みの地方政府には不良債権の山が築き上げられているのではないかと指摘する識者もあります。

一方、新たに発足する習近平・李克強体制は、今政府の官僚や政治家・党幹部の腐敗撲滅などを通じて、清廉潔白な政治を目指す大キャンペーンに打って出ています。今年3月の全人代までに開催されている省以下の地方の全人代では、かつてないほどの質素倹約を旨とする会議が粛々と開催されており、代議委員などの服装から高級時計など装飾品まで目立たない平時のものに抑えられ、開催後の酒席などのパーティの自粛などで茅台酒など有名白酒の売上の落ち込みも既に起きているといいます。
また、中国経済の過度な投資依存体質を克服するため、地方政府の安易な投資欲求を抑制し監督できるのか、習近平氏に次いで党の序列ナンバー2となり全人代後、正式に総理に就任する李克強氏の政治的・経済的な手腕が問われています(前任の温家宝総理は党の序列ナンバー3でした)。李克強氏は胡錦涛国家主席の信任も厚く、互いに名前(ラストネーム)で呼び合うほどに気心が知れ、胡氏の懐刀であった人物です。
また、胡氏と習近平氏の関係も近来良好であると伝えられています。国家権力を握る二人の接点はあまり語られることがないようです。しかし、胡氏が党国家主席に引き上げられる直接のキッカケを作った人物(後ろ盾)が鄧小平氏であったことは良く知られています。当時、胡錦涛氏の名前は急に中国の中央政界に唐突とも思えるように現れたかに思われました。もちろん、当時最高実力者であった鄧氏に次代の指導者であることを公然と託されたからですが、胡氏を鄧氏に紹介し推薦した人物は誰だったかご存じでしょうか。
ことは1981年9月に鄧小平の娘(鄧楠)と胡耀邦の息子・胡徳平とともに、中国共産党中央党校にて共産党の次世代の高級幹部となるための訓練を受ける機会を胡氏が得たことにそのキッカケがあります。鄧楠と胡徳平は共に胡氏の好印象をそれぞれの父親に報告しています。特に、胡氏は胡徳平とは親交を結び父親の胡耀邦氏の自宅を度々訪問し、胡耀邦氏と直接議論を交わす気の置けない間柄となります。後に胡耀邦氏は党総書記に就任し、胡錦涛氏は胡耀邦氏も就任したことのあるポスト共青団第一書記に就任し、その後貴州省党書記の要職に付きます。胡氏は胡耀邦氏に引き上げられ、胡耀邦氏の後ろ姿を見て政治実務を学んでいきました。その大恩ある胡耀邦氏が1987年1月に党総書記を解任されますが、その時解任に反対したのが胡氏と習近平氏の父親であり、5大経済特区(特に深圳経済開発区)の創設に尽力があった習仲勲(元国務院副総理)でした。胡氏は習仲勲氏の胡耀邦党総書記解任に公然と反対票を投じた行動と勇気に深く感じ入ったのでした。ちなみに、習近平氏の国家主席就任が発表されて最初に訪れた地方視察先は父親の創設に尽力した深圳経済開発区であったことは決して偶然ではありません。
話を戻します。

今年3月の全人代で総理に就任する李克強氏は、主要都市部の固定資産への投資にはこれまで以上に厳しい規制を設けつつ、乗り遅れた地方や農村の都市化(城鎮化)を内需拡大の牽引車にすると再三表明しています。この方針表明を受けて、地方政府は競って都市地下鉄整備など次々と野心的なインフラ整備のプロジェクト(強気の固定資産投資計画)を打ち出しています。
政府も都市部の2件目以降の不動産税の拡充など投資・投機的傾向に歯止めをかけながら、一方保障性住宅の建設は加速させ、2013年の目標は完成数470万戸、着工数630万戸とし、住宅取得の困難な世帯の取得と退出の規則を厳格に運用し、公平な配分を確保する、としています。まだまだ中国では必要な居住用住宅が不足しているのです。
また、半数以上の地方自治体が今年の固定資産投資の伸び率を前年比20%増と設定しており、10%以下と設定したのは北京市だけでした。
また、ほとんどの地方政府の昨年2012年の固定資産投資額の伸び率は20%を超え、とりわけインフラ整備の遅れの顕著だった貴州省が53%増と伸びが際だったほか、新疆、青海、黒竜江なども30%を超えた地域も少なくありませんでした。

今回の「城鎮化(地方都市化)」は果たして新たな投資ブーム、とりわけ不動産開発ブーム再来の口火を切るのでしょうか。2013年1月の新規融資額が再び1兆元の大台を超えるのではないかとの観測が流れていることから、再ブームは既に起き始めているのかもしれません。
これによって、成長の富を等しく民に還元・分配することになるのか、それが都市部との所得格差是正に資するのか、そして都市と農村の二項対立構造の問題解決に繋がっていくのかどうか、要注目です。

そして言うまでもなく、次の中国経済成長の鍵は「投資依存体質から消費・内需へ」であることは間違いないでしょう。この流れを新体制が固定資産を始めとする投資への加熱をコントロールしつつ、過度な不動産投機などへの資金の流れを収めコントロールしきれるかが注目です。

たまたま2月10日開催の戸田ゼミの中国・ベトナム株セミナーにおいて、東洋証券の深堀講師の貴重な中国情勢の報告に接することができました。
僭越ながらも、私の中国株に対する見方に符合するご指摘があったことに、感激致しました。大型の保障性住宅建設や地方都市化などで再び不動産銘柄に陽があたる点や中長期の消費関連で食品株にも触れられていました。
当然、半年以内を目標に買える銘柄とその先を見据えて買える銘柄で選別が異なってくるでしょう。そこも気を付けるべきなのでしょう。
会食時に深堀講師は「株は惚れちゃあダメ」と仰いましたが、私の印象に深く残りました。
2013.02.12

 

注)この記事は、過去のものからの再録の形で転載させていただいております。時事的に古い話題が取り上げられていますが、内容的には時間の風雪にも耐えられるものと思い、取り上げさせていただいております 。 

2013/07/01