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中国名言と株式紀行(小林 章)

第99回 中国・天津から/中国株日記 (48)

【NO.49】中国、天津から(12)
前回は「国進民退」の問題を取り上げましたが、今回は「中小零細民営企業の融資難(資金調達難)」についてです。

中国では、銀行が住宅ローンや自動車ローン以外には、民間に積極的に融資など資金供給をしないことになっています。
中小零細の民営企業への銀行の事業資金融資の制度自体が無いといってよいほどです。
では、銀行は一般庶民から集めた預金をどこで運用しているかというと、その殆どが国債や公社債といった利回り確定型の安全資産に投ぜられています。
あとは、国有企業絡みの政府の開発プロジェクトや政府系投資公司への融資が中心となります。しかし、この分野は、もっぱら四大国有銀行(中国建設銀行、中国工商銀行、中国銀行、中国農業銀行)の得意とするところです。

そのあとは、せいぜい基金(投資信託)や金を中心とする貴金属商品などの仲介手数料や販売手数料、現金送金業務や年金などの振替業務の手数料や為替両替手数料、信用カードの使用手数料、口座維持料などの役務収入です。まだ、更にあるとすれば、役人との人的コネクションを利用した、せいぜい有担保有保証人による少額融資程度でしょう。
要は中国政府は、その程度の業務しか銀行に認めていないのです。
ですから、中国内の銀行では、米国サブプライムローンによる怪しげな海外債権を大量に購入したり保有したりすること自体が認められていないのですから、その影響が軽微どころか、何の影響もなかったのでした。

こうした中国の銀行の在り方に、中小企業の民営企業事業者は何の疑問も感じていません。
また、銀行の融資を頼って原材料や事業設備を購入し、事業展開を図ろうともくろむ民営企業家は恐らく皆無でしょう。

しかし、現在、中国国内には、経済の急拡大の影響で、大きなモノから中小様々な、実に多くの投資案件があり、常に事業や投資のための資金は不足している状態にあります。「金さえあれば儲かる」という話がそこらじゅうにゴロゴロ転がっているわけです。

では、その資金はどうやって調達しているのか、みすみす「金儲け」を諦めざるをえないのか、どうかです。これがなかなかの難問題です。

天津で、知人との交友関係者のなかで親しくなった老楊という初老の人がいます。
この老楊の仕事は、現在無職なのですが、以前の仕事は個人金融業で、現在は引退して娘婿に事業を引き継がせているといいます。
知人らと共に食事をし、飲酒を重ねるうちに、親しくなり、彼の以前の仕事内容や資産状況が少しづつ分かるようになりました。彼が私に親しみを感じてくれたのは、2、3年前に日本旅行をして日本に好感を持っていたからでした。

老楊の以前の仕事というのが、闇金融の個人営業でした。
彼は、闇金融を始める前は繊維関係の天津でも有名国有企業で、全国を飛び回るほどの忙しい営業マンでした。
しかし、その後、国有企業は合理化され、彼は下崗(国営企業のリストラによる退職)して、退職一時金や個人資産などを原資に、かつての取引関係にあった企業に、短期の30-50%の利息で個人融資をして、その顔の広さと交友関係を利用して事業規模を着実に広げ、後は融資先企業の紹介や人脈から取引先を積極的に開拓していったのです。

引退後、事業は娘婿に引き渡しましたが、彼自身の個人資産は2軒(室)の高級高層マンション(自宅)と1軒の海南島の別荘、両親を住ませている万科花園の家が別資産としてあります。
その他にも金融資産が数百万元あり、生涯の生活には困ることはないと言います。
この老楊の引退後の現在の趣味が、余裕の資金を投ずる個人投資です。1回の投資では50万元(約600万円)までと制限しているようですが、現役の金貸し時代は日本円で約1億円までは翌日には用立てできたと自慢していました。

彼は趣味と言いながら、私の知人らの交友関係の中で、短期(数ヶ月以内)で良い儲け話があれば、知人ら数人で分担して投資を行います。大体50%程度の利息を要求して、回収後、出資比率に応じて元本+利息を分け合います。
彼らの融資姿勢は、単独では決して行わず、投資参加者の信用でやるようです。相担保のようなモノでしょうか。たとえば、総投資額が100万元であれば、3人の参加者だと30万元超と、一人当たりの投資額がやや大きく、欠損が生じた場合リスクが高くなりますので、あと2人位の知人に声を掛けて勧誘します。

そういえば、この知人が高級マンション建設に投資したとか、映画制作に投資している、という話を聞いたことがありましたが、よくお金があるなと感じたものでした。
この知人らの投資は、個人ではなく、グループで行うので、個人の投資額は比較的少なくて、数件の投資に次から次に乗り出せているのだという理由が理解できました。
ちなみに、高級マンション購入の方にはあまり手を出さず、高級マンション建設の方では、施主の資金繰りが苦しい時、請負建設業者が下請けに給与や資材購入をする資金のショートがたまに発生するのだそうで、そうした一時しのぎの資金を融資し、2-3ヶ月後の施主からの支払の足しに当てるのだそうです。まあ、映画制作も短期の仕事ですから、回収も早そうだと分かります。
また、マンション建設では、建設業者が施主から先に資金を預かる場合もあるそうで、そうした場合、2-3ヶ月資金をプールしておくよりも、有利な運用を考えます。この場合に、知人達は逆に、その資金を預かって別の投資で短期に運用してやります。

こうした表に出ないお金の動きが、中国では地下経済=第2経済と呼ばれ、無視することのできない程の巨額のマネーが実在経済を支えています。
この裏のマネーの機能こそ「危機に直面しても、政府を当てにせず、自ら活路を切り開こうとする中国人の気質に最も適したセーフティネット」となっているとの指摘もあります。

まさに、この裏マネーが、中小零細の民営企業のおもな資金供給源となってきた歴史があります。
たとえば、先頃よく話題に上っていましたが、山西の中小炭坑に大量に資金を投じたのは温州ミカンの里である温州商人だと言われています。温州商人は昔から利に聡いことが知られており「東洋のユダヤ人」と揶揄されることもあります。
温州商人のお金を嗅ぎ分ける能力と、白手(何もないところ)から身を起こし、政府を当てにしないで、独特の感性で投資と蓄財に邁進する理財能力の高さは、なんぴとも舌を巻くほどです。

こうした中国の現実を目の当たりにすると、地下金融とは別に、既存の銀行になしえない、日本の商工ローンや住専、リース業、消費者金融のようなノンバンク的な商売のタネがゴロゴロしていることに気付きます。
また、中国ベンチャーに積極的に資金供給をするような海外からの金融事業のような分野も有望です。
ただし、中国では回収に問題が多く、うまくリスクヘッジができることが大前提になりますが。

天津の老楊との食事で気づいたことがひとつあります。
それは、彼ともう20回以上も楽しく食卓を囲んだはずなのですが、彼との食事や酒席の後に、彼が一度も自分の財布から食事代を払ったことがないことです。
知人にばかり払わせるわけにはいかないので、たまには私も財布を出します。
しかし、食事が終わると、老楊はいつも酒に酔った赤い顔をしながら、店の出口をいつの間にかすり抜けて、自分の車の前で待っているのです。
いつも不思議で、一度その理由を直接聞いてみようか、と思っています。

2012/02/07

注)この記事は、過去のものからの再録の形で転載させていただいております。時事的に古い話題が取り上げられていますが、内容的には時間の風雪にも耐えられるものと思い、取り上げさせていただいております 。 

2013/05/14