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中国名言と株式紀行(小林 章)

第97回 中国・天津から/中国株日記 (47)

【NO.48】中国、天津から(11)
2008年秋~2009年にかけての米サブプライムローン問題に端を発したリーマンショックの金融危機時に、景気をいち早く回復させるために中国政府は、間髪を入れず4兆元の財政出動を実施しました。
他国に先駆けた、しかも前例のない大規模な景気刺激策による公共投資でしたが、ほぼ国有企業によって独占されている鉄道、道路、空港のようなインフラ関連への投資に集中的に投下されたと言われています。それほど、国有企業は政府に過保護なほどに優遇されているのです。

時は若干さかのぼりますが、天津でも、北京五輪前には、市内の主要路沿いだけでなく、郊外の隘路の商店にまで改修外装目隠し工事が施されて、商店の店構えや看板や商店名に及ぶまで綺麗に、かつ統一的に装われることになりました。
また、赤い煉瓦立てで独特の風情を漂わせていた街路沿いの古い民間アパートは、薄いピンクと灰色系の外装ペイントが施され、一軒づつ定位置にエアコンの室外機用の鉄製の被いが設置され、メイン通り沿いの高層建てマンションも、低いアパートにも建物枠に沿って赤や緑の夜景対策の電飾ラインが張られました。

改修工事中の商店主に話を聞いても、天津市政府の五輪関連予算で無償で改修工事がなされ、自分たちの負担はないので、手放しで喜んでいますし、街を綺麗にしてくれるということで、概ね市民の反応は良好でした。
政府は市民に良いことをしてくれて、中国も大した国になったものだし、「文明津市(開明的な天津の都市スタイル)」を実感できると、直接市民の感想を聞いたこともありました。

しかし、こうした北京五輪がらみの巨費が動く大掛かりな公共改修工事にもかかわらず、施工には専門の外部業者が一括で材料調達や改修工事に当たり、街場の零細の改修業者や塗装店などには、まったく仕事の恩恵はなかったようです。

今、中国で盛んに議論されているのが「国進民退」現象と「中小零細民営企業の融資難」という事柄です。

なかなか聞き慣れない言葉ですが「国進民退(国有企業が発展し、民営企業が退くこと)」とは、国有企業の存在感が高まり、民営企業の誕生と生存が難しくなり、すでに誕生している民営企業の一部が市場からの退出を余儀なくされるといった「市場経済化の後退」をしめす現象のことをいいます。
特に、2008年9月の米リーマンショックと、それに対応するための大型の政府経済対策の実施を受けて、その傾向が目立つといいます。

こうした現象は、日本人などにはまったく奇異な事柄に感じられます。
「官から民へ」は、先頃の自民党政権下で叫ばれたスローガンでしたし、世界の趨勢でもあるはずです。ことに70年代末からの「改革開放」の号令で経済発展を着実に進めてきたと思われていた中国で、経済の趨勢に反し「国進民退」が問題化しているのは不思議なことです。

「国進民退」と同時に、この頃よく言われるのが、貧富の格差や新卒者の就職難とともに、就業形態における勝ち組人材と負け組人材の比較です。
もし将来適齢期になった男女間で、どういう条件が社会現象化しているのかという点で、よく話題にされています。
かつての日本でも「三高」という表現で言われた結婚相手に求める「高学歴、高収入、高身長」のようなものです。
中国での「勝ち組」とは、中国移動通信や中国石油天然気といった150社程度の有名国有企業に勤務する人材のことです。

彼、彼女等は、給与としての年収は大したことはないのですが、年収を遙かに上回る様々な臨時や不定期の灰色手当が多く、また経営トップにまで上り詰めれば高額の報酬が約束されます。仮に経営役員陣にまで上り詰めることがなくても、役務によって国有企業の膨大な傘下企業や関連業種からの便宜供与などによる心付けや付け届けなどの灰色収入が馬鹿にならないのです。ですから「勝ち組」なのです。

本当かどうか分かりませんが「石油、電力、通信、タバコなど国有企業の労働者の数は、全労働者の僅かに8%に過ぎないにもかかわらず、報酬の総額は全体の約60%を占めている」といった記事があるそうです。

これらの灰色収入は、中国では、権力と権益に絡む政府幹部による贈収賄案件を含め、多くは「維穏的成本」(安定維持のコスト)として理解されてしまう性質の費用なのです。中国では、こうした費用が社会生活や経済活動のなかの潤滑油として広く通用してしまうのです。

勿論、権利の横暴や権益の乱用や不正蓄財及び公金横領など甚だしく、大っぴらに愛人を何人も囲い、いささか目立ちすぎた「落馬高官」(逮捕され政治生命を失ってしまった高級官僚)の段階まで足を踏み外してしまえば、それはもはや「灰色」とはいわず「黒色」となります。

もっとも、いま中国で「三高」と言えば、キャリア・ウーマンの「高学歴、高収入、職場での地位が高い」ことを言い、そのためにプライドが邪魔をして、適齢期を過ぎても結婚の出来ない女性のことです。余剰の剰と女で「剰女」とも言われ、これも社会問題化しています。

国務院直属の100社程度の市場独占的な石油、電力、通信、輸送、金融といった巨大国有企業である「央企」(中央企業)自体やそこにぶら下がる民営企業が安泰で、そうでない企業が脱落すると言われています。

政府主導の財政出動型の経済対策は「中国では、やればやるほど勝ち組が潤い、負け組が干上がっていく」「勝ち組を更に勝たせ、負け組を更に負けさせる」という構造問題を抱えているのです。

中小零細の民営企業の多くは、古くは国有企業改革で民営移行を果たした企業や郷鎮企業、今まで中国社会になかった広告業界や旅行業や自動車販売業などの新業態、海外留学を経て中国に戻ってきた海亀派(帰国組)の始めた新規事業、飲食業、娯楽など従来からある業態など、国有企業の扱わない競合的分野、中国社会の隙間で存立できる基盤を開拓した企業群のことでした。すなわち、なるべく政府に頼らず「自力更生」を旨とする業態のことです。

しかし、こうした中小零細の民営企業の中でひときわ精彩を一時期はなったのは繊維や食品といった加工集約型の輸出民営企業群です。これらの企業は経済成長の初期に膨大な外貨を稼ぎ、大きな貢献を果たしましたが、中国のWTO加盟や人民元改革による為替レートの切り上げの影響を受け、徐々に斜陽化の道をたどっています。

 中国政府は世界一流の企業を作ることを目標の1つとしています。大きくて強い企業の育成を目指して、大型国有企業主導の合併・買収(M&A)による企業再編を推進してきました。いずれは、すべての「央企」についても上場を目指すようです。
そして、巨大化する大型国有企業は、独占の利益を維持するために、関連の行政当局に影響と圧力を加え、市場参入の壁を高くします。それによって、競争原理の導入や市場開放による民間資本の参入は困難になってしまったのです。

 大型国有企業は、経営困難に陥った場合、政府からの資金と政策の援助を受けることができる上、中国国内では唯一無二の存在であり、独占企業として容易に利益を上げられるため、サービスの品質と技術の革新を向上させようという競争原理が働きにくい構造に陥っています。その結果、国際市場における競争力は、日欧米企業と比べて依然弱いことは明かですが、こと中国国内では事情がまったく異なります。

実は、こうした国有大企業は納税の優等生で、確実に巨額の税金の上納義務を果たしている企業群のことです。政府としては、投資した資金が確実に国に返ってくる、という相互依存的な事情もあるのです。両者には、多分にウィン・ウインの関係が成り立っていることになります。

先頃、温家宝首相は、国有企業優遇との指摘を受けて、鉄道建設事業について民営企業からの入札を認めると発言しています。しかし、その詳細はまだ提示されていません。

世界経済の枠組みにはめ込まれ、経済のグローバル化の影響でドミノ現象として発生した、中国の経済成長の減速という事態は、いびつな構造の「国進民退」を招いています。

すでに中国政府も指摘するとおり、こうしたジレンマ脱却の方法は、中国国内市場の需要の掘り起こしと巨額の個人貯蓄の投資分野への転換、産業構造の高度化・高付加価値化、人材教育への投資などにあるでしょう。
これが、一過性の社会構造現象として、中国の経済史書の記述中に止められればよい、と願っているのは私だけではないはずです。

2011/12/14

注)この記事は、過去のものからの再録の形で転載させていただいております。時事的に古い話題が取り上げられていますが、内容的には時間の風雪にも耐えられるものと思い、取り上げさせていただいております。 

2013/05/10