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中国名言と株式紀行(小林 章)

第93回 中国・天津から/中国株日記 (45)

【NO.46】中国、天津から(9)
私の知人に、香港在住の大学院生の一人娘をもった人がいます。
その娘さんは、26歳で昨年末に天津に戻って豪華ホテルで結婚式をあげましたので、私たち夫婦も招かれ、面識もできました。
娘さんの新郎は、30代後半で中国工商銀行の小さな支店長です。
知人の旦那さんは堅実な人柄で、長年郵便局の副局長を勤め上げ、今年いっぱいで定年退職を迎えるそうで、定年後のプランを聞いてみました。

その旦那さんは定年後は、香港の結婚したての娘のところで、最初は勉学に励む娘の面倒を見ながら、一緒に暮らすということでした。
娘の結婚半年前には、既に天津に新婚用のマンションを138万元(約2070万円)で購入してあるのに、娘の暮らす香港にもマンションを購入予定だそうです。
一方、娘さんの新郎は、しばらくは別居生活を強いられ、中国本土の長期の休みごとに、少ないサラリーの中から航空チケットを買って新婦に会いに香港に通います。
旦那さんの方はといえば、愛娘の孫(第1子)が生まれてくるのを待ち望んでおり、首尾良く誕生すれば、香港で出生(香港籍)させ、しばらくの間香港で孫の面倒を見る予定なのだそうです。
娘は香港で博士の学位を取得した後、天津に戻って教職を目指し、晴れて新郎との共同生活をスタートし、二人目の子ども(中国籍)作りもする予定だそうです。

なんとも計画づくな話で、にわかに実現可能なのかどうか怪しい面もありますが、この知人夫婦とお爺さんの目論見はこうです。

彼らの目論見の核は、やはりこの娘さんです。
お爺さんはよくこの娘の存在を「揺銭樹 」という表現で話すことがあります。
作家邱永漢の直木賞受賞作『香港』のなかにも「揺銭樹 -金のなる木-」という表題が出てきますが、中国人の資産造りは念の入ったものとなります。

中国では1979年以来「独生子女制度」(一人っ子政策)が実施されてきました。
当然、知人夫婦には一人娘しかありません。
しかし、彼らは財産を守り増やし、家系を絶やすことなく栄えさせることが、最大の家庭の幸せ、個人の満足とする所があり、これまでお金と人間関係のコネを駆使して娘に勉学の環境とチャンスを与えてきたのです。
いまや、その娘が学業よろしく香港に足場を築いてくれましたし、幾多の婿候補を断り、大手銀行に足場を持ち将来性の高い真面目で控え目な性格の新郎を迎えることもできました。
娘が香港の居住を許されている間に孫(第1子)を産めば、香港籍が与えられて、本土(天津)に戻ってから、さらに第2子を産めば、合法的に子ども(孫)を2人持つことができるのです。しかも香港籍の第1子は、将来英国を初めとする海外に自由に足場を伸ばせる立場を得ることになり、今後本土で政治の混乱など、いざという事態が起これば、自分たちを本土外へ逃避させて、生命と資産の安全を保証してくれる存在ともなります。
また、天津に持つ不動産等の資産は、いざという事態には換金もできなくなり、何の役にも立たなくなる可能性がありますから、香港籍の孫の香港などの銀行のジョイント口座に随時資金移動を行っておけば、資産の分散化による安全の確保も可能です。
  知人の旦那さんが娘の面倒を見るために香港に発った後、知人とお爺さんは不動産投資に励むといいます。
彼らは天津では8棟以上の不動産資産を個人で所有する、知られた存在でもあります。融資は、これまでの懇意にしてきた金融機関や知己のほかに、彼の面子と将来の栄達の道を潰すことはできませんから、直接は娘婿の勤務する銀行から融資を引き出さなくとも、彼の口利きで取引傘下銀行を紹介することぐらい訳はありません。

はたして、知人の目論見が、話してくれたとおりに運ぶかどうかはわかりませんが、続きを見届けられれば小説の格好の題材にもなるかと思われます。

2006年の世界銀行の発表では「中国では全人口の0.4%の者が中国社会のすべての富の70%を我がものとして保有している」としていますが、そのアメリカでさえ全人口の5%がアメリカの富の60%を占有しているのですから、「この中国の富の集中度は、世界で最も極端に両極化している」と論じていること自体が何だか変です。
これを見ると、アメリカだって両極化していることが分かりますので、そのことをもって中国を論難することにも無理があるといえそうです。

しかし、まあ中国の貧富の極端な格差は、シンガポール国立大学のテイ教授の分析では、中国は「国富民弱」(国は富んでいるが、民の力は弱い)型で、中産階級が育っておらず、民主主義が育ちにくい構造になっていると指摘しています。
従って、中産階級が起こす民主運動はなく、起こる可能性があるのは貧困層と富裕層の対立による「悪性革命」型とならざるをえないというのです。
現に中国各地で、不正な農民の土地収用に絡む抗議運動等が、近年頻発しており、こうした貧困層による抗議運動は年々増加傾向にあるといいます。

中国の富裕層は、一般に共産党幹部およびその家族・親族と見なされる場合もありますが、勿論、権力と利権に近い党幹部やその家族による蓄財は目に余りますが、それは自らの商才にもとづく蓄財ではありません。商才に長けた政商型の企業家と結びつくことで得た濡れ手に粟の蓄財です。

こうした富裕層を、権力や利権にもとづく、限りなく「黒に近い灰色の巨額蓄財集団」としますと、そのおこぼれに上手く預かったり、その隙間を上手く突いて現れた中規模以下の富裕層も見られます。
たとえば、人民中国以来の国営企業の淘汰、売却、合併の後に、その優良資産を株式会社化して国有企業へと転換させる段階で権力と財力が結びつきましたが、残り物の国営事業売却後に私営企業化をはたして企業規模を拡大させていったり、郷鎮(村)の零細企業を大規模企業に育てるような商才を発揮する者達が現れました。

新中国は90年代に入ると、2千万人もの個人経営者が生まれ、その中から有力な「私営企業家」が誕生し、21世紀になると、巨大な私営資本集団を築く者も現れ、世界の富豪ランキングに名を連ねるような企業家も出現していることはご存じの方も多いでしょう。

また、政府と大手不動産開発ディベロッパーとの合作による広大な土地の大規模開発地域の周縁で小規模の不動産開発からはじめて、地域の地価の高騰で、暴利のおこぼれに預かった個人投資家も多く現れました。

こうした人たちが「新富人」と呼ばれる人たちです。
先に挙げた私の知人も、こうした「新富人」の一人と言えるでしょう。

2011/03/24

注)この記事は、過去のものからの再録の形で転載させていただいております。時事的に古い話題が取り上げられていますが、内容的には時間の風雪にも耐えられるものと思い、取り上げさせていただいております。
 

2013/05/02