戸田ゼミ通信アーカイブ トップページ >> 中国名言と株式紀行(小林 章)

中国名言と株式紀行(小林 章)

第68回 四000年を学ぶ中国名言/「人間関係を築くキッカケ」

『己に如かざる者を友とするなかれ(無友不如已者)』
                                    出典【『論語』学而篇】
[要旨]つまらない連中とばかり付き合って天狗になっていては、人間としての成長など望めない、ということ。
孔子は、上に立つ者(=君子)が心掛けるべきポイントを三つあげています。一つ目が「君子不重則不威」二つ目が上記の言葉。三つ目が「過則勿憚改」です。いずれも『論語』のなかの有名な言葉です。
簡単に言えば、まず良好な人間性(人間力と言ってもよい)、自他共に認める威厳といったものを自ら備えること。次が良好な人間関係、人を見る眼を養い、互いを高め合えるための付き合うべき人を選ぶこと。最後が、的確な行動における判断力、試みた実践の結果が良好でなければ、大事に至る前に修正するか、手遅れであれば廃止する。躊躇って道を誤らないこと。

古来中国では、君子とは、端的には、統治者階級に相応しい「人格・度量・教養・品位」を備えた貴族のことでありました。孔子が現れて以降は、人民を敬服させる徳(人間的な魅力・教養)を兼ね備えた人物を指して特に「君子」と呼ぶようになります。為政者たる者は、有徳の「君子」とならなければならないとするのが儒教の基本的な政治思想(徳治主義)であるといわれています。ですから、孔子以降は、必ずしも権力者=「君子」というわけではなくなったのです。これは、孔子を始祖とする儒教の一つの功績と見なされるでしょう。
王族の血筋の良さで「君子」が誕生するのではなく、誰でも自己を研鑽することで「君子」となることができるという立場です。韓非は、この考えを更に進めて、権力者に「君子」たる自覚や徳行を求めるよりは、優れた法による統治を実現することで、たとえ愚帝や凡士でも実現できる国家統治を求めたのでした。

ある『論語』の解説書には次のような説明がなされていました。
「自分が道を修め向上するためには、忠義と誠実さがある人と親密にして、自分に及ばないもの、自分より劣っていると思われるものと、いい気になって交際していてはいけない」
ちょっと、表現と解釈が厳しいですね。

「人間関係」が中国社会では大変重視されます。法治ではなく人治の社会だと解説されることも多いのです。どの書物にも、こぞって、この「関係(guanxi)」が重要だと言われています。その理由は、元々中国人は親族以外の人と人との良好な関係を築くことが苦手だからではないか、と私は思っています。むしろ、恐れていると言うべきでしょうか。
利己主義の中核である自分という殻の内を大事にし、内からも自己を強化することに余念のない中国人は、仮に卵の黄身が「さらけ出したくない自分」であるならば、なかでクッション材のようなシロミに守られ、さらに固い殻にも守られています。
そうした「自分」というものが最重要な人は、自分から他人と良好な関係を築くことが大体において苦手です。下手に接近して、自分を許してしまうと傷ついてしまうかも知れません。簡単に下手に出ると舐められてしまうかも知れないと思っているのかも知れません。だから変に強がってしまう場面が多くなります。自分から堰を造ろうとするのです。

そもそも、一家言持つ人や地位を築いた人は気難しそうだったり、取り付きにくい雰囲気を備えているものです。ですから、何とはなく馴染みやすい人や寄りつきやすい人との交流が簡単に始まります。しかし、馴染みやすい人や取っつきやすい人というのが、くせ者です。そういう人は、よく付き合ってみなければ本当は分かりませんが、直接利害に係わらなかったり、有用な立場の人でないのが普通です。だから心やすく感じるのです。
ついつい自分をさらけ出すことなく、気楽に付き合える相手とワイワイやっているのは楽しくはありますが、本来自分の利害に叶ったり有用な関係とはほど遠いものです。やはり、いい気になってズルズル続けるだけではダメでしょう。勿論、以後互いに深く話してみて信頼関係が芽生え、結果的に良い関係を築く例は無いとは言えません。しかし、互いに、すぐ離れていく例の方が多いのではないでしょうか。

当社に商品質量検査局(商検)や税関方面に強い幹部社員がいます。彼から直接、その端緒と極意を聞いたことがあります。彼Kですが、ある時、商検に用事があって顔を出したのですが、食品2課の担当のH氏が何か急な金銭問題で困っているようでした。KはH氏の様子を慎重に窺い、聞き耳を立ててH氏の話声の内容に耳を傾け、集中しました。そして担当のH氏が自分の椅子に着くのを待って、そっと近づき、にこやかに声をかけました。そして、たまたま持ち合わせていた1万元多のお金を差し出したのです。リアクションを示した相手を落ち着かせるように、身振り手振りを交えて、自分のことを語り出しました。自分の身の上にも同じようなことがあり、友人から助けられたことを語りました。相手の面子を立て、十分気遣いながら。
それを契機に、KはH氏と急速に接近していきました。しかし、残念ながらH氏は役所のなかではベテランではありますが、キャリアではありませんでした。精々役職は係長止まりです。ところが、H氏の元には配属早々のT君がおり、H氏が業務指導にあたっていました。T君こそ将来を嘱望されているキャリア組の一人だったのです。後にT君は3年で食品検査統括部門の課長を窺う立場に出世していきました。

Kは、こうした役所内の有用な人間関係を上手く築き上げ、後に紹介で税関人脈にも食い込み、食品輸出の分野で大抵の事に融通が利く、貿易事務通となりました。たとえ当社を辞めても、次の他社でキャリア・アップを狙うことも可能です。Kは現在の立場を維持するために、春節など節々の贈り物や様々な食事や付合いなど、当社のリソースを存分に活用して、益々自らの地位と関係を固めつつあります。それは同時に当社のためにも役立っていますが、K自身のためにもなっています。
                               34「人間関係を築くキッカケ」

注)この名言は、邱永漢監修『四000年を学ぶ中国名言読本』(講談社)より抜粋させていただいております。 

2013/03/13