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散歩しながら(ぼうちゃん)

第63回 暑い夏は映画で

猛暑の中で
稽古と読書に没頭していますが
暇を見つけては古い映画をみています。

いいものはいつ何処で見ても面白く
時間を充実させるために
古いものを引っ張り出しています。


日本の映画では
黒澤明、小津安二郎、成瀬巳喜男監督
などのものは名作が目白押しですが
外国のビリー・ワイルダーという監督
にもいいものがたくさんあります。


「サンセット大通り」
「麗しのサブリナ」
「七年目の浮気」
「翼よ!あれが巴里の灯だ」
「昼下がりの情事」
「お熱いのがお好き」
「アパートの鍵貸します」……


観た人をちょっと明るくさせて、
観た人にちょっと生きていく勇気を与え
観た人にちょっと日常を忘れさせてくれる映画ですが
基本は「軽い笑い」です。


観終わってなんか晴れ晴れ気が軽くなる、
そんな映画こそ映画なんだ、
とビリー・ワイルダーは言っているような気がします。
映画っていうのはそういうものなんだよ、と。


人の人生に影響を与えようとか
感動させようとかそんなことを考えず、
軽く、あくまでも軽くストーリーを進めていますが
その「軽さ」に彼の重い確固たる主張を感じるのです。


ある表彰式で
ジャック・レモンから賞のトロフィーの
胸像を受け取ったこの老名監督は、
何百万人ものファンに感謝するといったあと

「とりわけウィル・ロジャースに似た
名前もわからないアメリカ人の紳士に感謝したい。
彼がいなかったらいまの私はない」
とこんなエピソードを語った。


ビリー・ワイルダーは1943年にナチス・ドイツを逃れて
アメリカに亡命しようとした。

しかしメキシコでアメリカへの
正式入国許可証がないことがわかった。

彼はメキシコのアメリカ領事館へ出頭した。
ここでヴィザが降りなかったら
彼はドイツに送り返される。
それは死を意味する
(彼の母親はアウシュヴィッツで死んでいる)。


不安な気持で彼は一人のアメリカ人の役人の前に立った。
役人は職業は何かと聞いた。
ビリー・ワイルダーは「ライト・ムービーズ(映画の脚本を書く)」
と答えた。


すると役人は「いいのを書くんだよ」といって
入国許可証をくれた。
「それ以来、私はいい作品を書くように努力してきた。

あの名前もわからないアメリカ人のおかげで
いまの私がいる。彼に感謝したい」。
授賞式の会場中が大きな感動の拍手に包まれた、という。


こういう監督が
観た人をちょっと明るくさせて
軽い笑いの映画を作ってくれたのだなあとうれしくなる。


黒澤の「七人の侍」、
小津の「東京物語」、
成瀬の「浮雲」
など何度見たか分かりません。

ワイルダ-の「アパートの鍵貸します」も
繰り返し見ては
いつも私は心の中で拍手喝采です。

2011/07/09