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散歩しながら(ぼうちゃん)

第60回 株より稽古

人生は限りがあるし、
しかも明日をも知れぬいのち。

生き方の極意とは大袈裟ですが、
過去を忘れて、未来を思い煩うことなく、
現在ただいまこの一瞬を生き切る

「ただいまの一念」、
これでしょう。

死までの切迫したこの世の生の時間を、
時間そのものとなることによって生き切ろうと、
まあこんなぐあいに考える今日このごろです。


そこで
休日はとにかく合気道の稽古と
朝から晩まで、暇さえあれば本ばかり読んでいます。
ちょうど十五、六の昔にかえったように。


十五、六の昔に
もっと稽古も読書もしておけばよかったと
猛省しているからいま夢中になって
ただいまの一念になっている次第です。


ツイッタ-も始めてみたが
何やら自分の目指すものから
遠いように思い距離を置いている。

新聞テレビを見て
政治家や評論家が言ったことのように
考えるのではなく

自分自身の立っている場所で、
おのれのままで考えるようにしています。

経済学者のように知ったり、 
経営者のように駆け引きしたり、
政治家のように隠したり、 
為政者のように悩んだり、

ふつうのおれががすることではない。と。


いまやっている仕事や、
いまの家族や、いまの人間関係や、

いまの予定や、いまのよろこびを、
そのまんま大事にしながら、
これからのことを考えるのがいいのだ、と。


この考え方って実は、 簡単なはずなのに、
簡単じゃないですね。

つい新聞テレビはもちろん誰それさんも、
時には尊敬できる先輩も、

かなり多くのひとが有名な政治家のように 
世界を語っていますから、
その考え方や、その口ぶりを真似してしまいます。

じぶんのことを元にして、
そのまんまの率直な考えによって生きるって、
ほんとは、それしかないはずなのに、
できにくいんです。


311以後痛切に感じることですが
無力な自分が出来ることは
何かと考えたらほんとは何にもなくて

だから
ちょうど十五、六の昔もっとやりたかった
稽古と読書に耽っている。


子どもより親が大事、
と言った太宰治の小説桜桃に倣って、
いまの私は
株より稽古が大事。

2011/06/28