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散歩しながら(ぼうちゃん)

第12回 仕事を選ぶのは

誰にも真似の出来ない特殊な技があれば、
立派に手に職を持ったということになりますね。

形ある物を作る職人でなくても
人より優れた能力があれば同じことだと思います。

 

その技を使うことで
人のためになれば
もっと価値があることになるでしょう。

誰にでも出来るという事なら
それは大した技とはいえませんね。

料理人でも美容師でも
その人でなければという技があれば
何処に行っても食いっぱぐれる
ことはないでしょう。

 

私が学生の頃
中華街でアルバイトをしたとき

その店の料理長の給料の額を聞いて
驚いた記憶があります。

当時大卒の初任給が3万円くらいの時代に
料理長の月給は100万円でした。

その料理長に辞められたら
店は潰れるかもしれないので
高額な給料を支払っているのです。
料理長の腕が一流だったわけですね。

ただし誰でも努力をすれば
その道の達人と言われる職人になれるか
というとそうはいかないのが現実です。

自分のことを振り返っても
また身の回りをながめても
よく感じることです。

どんなに努力しても
初めから才能のない人は無理ですね。

その道に向かないのですから
方向転換したほうが本人のためなのです。

ほかの道の才能はあるかもしれません。

だから向かないのに
その仕事にしがみ付いている人を見ると
気の毒になります。
努力が足りないとか
根性がないとかの
問題ではないのです。

脳の専門医なら
脳の何処そこの働きが悪いから
この仕事は向かないが
あの仕事なら努力しだいで
モノになるでしょう
とか言うかもしれません。

たとえば
私に車のセ-ルスの仕事をやれと言われたら
まったくその能力はありませんから
途方に暮れます。

何か間違って向かない仕事に就いて
都合で辞められない状況だとしたら

想像するだけで暗澹とします。

 

テレビ番組で
売れないラ-メン屋を寄ってたかって
繁盛店にしようというのがありますが、

才能があればとっくに繁盛しているはずなのです。

店主を見ていると
食べ物商売として基本の味覚の能力が
不足しているのだと感じます。

しかし味覚能力は劣っていても
言語能力や運動能力に

秀でたところがあるかもしれません。

はやく自分に向いた仕事を探したほうが良いのにと
いつも歯がゆく思っています。

ただし邱さんがよく言う
四十までに何とかしなくては手遅れですが。

2011/02/02