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散歩しながら(ぼうちゃん)

第105回  一期一会

京都へ行ったらサ-ビスの評判が良い
MKタクシ-を使うといいと聞いたので

ワインでほろ酔い気分になった帰り道、
駅の近くのホテルまでとタクシ-を拾うと

運よくお目当てのMKタクシ-が止まった。


期待が大きいと得てして
世の中反対の方向へと流れるようで

この夜巡り合わせた運転手は
何の因果か一言もお喋りにならない。

愛想が特別良くなくてもいいが
少しは話題あるだろ。

今晩は冷えますな、とか。
何にもなし。

走行距離が近くて不満なのかそれとも

不景気で賃金カットされたばかりなのか

奥さんと喧嘩したまま仕事に来てしまったのか

あれこれ運転手の不機嫌の原因を
詮索するうちに駅に着いてしまった。


旅の途中のある日のこと
龍安寺から北の天満宮まで
電車で行こうと思って

二人で地図を出してウロウロしていると

自転車で通りかかった女子高校生が
わざわざ止まり笑顔で

駅ならその角を右に曲がって
歩いて五分ですよと
丁寧に教えてくれた。

尋ねてもいないのに
何て親切なことかとじつに感動した。

いかにも路頭に迷った老夫婦の
様子を見かねたのか知らぬが

旅の中で人の親切は身に染むもの

これが遠い異国であったら
なおさらのことだろうと思う。


これまたある日のこと
電車の中でたまたま隣り合わせた
八十のお婆さんは

ポツリポツリ妻と話をしたが
天涯孤独の身の上、
隣町の寺へ毎月この日に参るらしい。

気いつけて
旅を楽しみなされ、
ほなさいなら。

と言って降りていった。

おそらく、
ではなく確実に
もう二度と会うことなどない
まさに一期一会のひとだろう。


運転手の押し黙った後頭部も
女子高生の軽やかな声も

しばらくは思い出として残るだろうが
やがてそんなことなどなかったように

すべてが、ほなさいなら、となる。

2012/01/12